イジワル上司と秘密恋愛

「……綾部さん……」

情けなく鼻をすすりながら名前を呼ぶと、綾部さんはベッドを軋ませながらゆっくりと身体を起こした。


——酷いです。どうして、こんな——

責める言葉が口をつく前に、温かい身体がふっと私を包んだ。

思考を蕩かせるスパイシーで甘いムスクの香り。初めて知る男の人の身体がこんなに硬い事。そして伝わる体温と鼓動が、苦しいほどに私の胸を締め付けた。

「……ごめん、無理させたな。ちょっと抑え切れなかった」

驚きで一瞬止まっていた涙が、また堰を切ったように溢れ出す。

私は彼の広い背中に手を回して、子供みたいに泣きじゃくった。


『抑え切れなかった』なんて、ひどい。自分の欲望を無理矢理通して私をこんな目に合わせるなんて。

なのに。彼の包容が、『ごめん』の優しかった響きが、抑え切れないほど私の胸をときめかせる。


——……好き。好き、好き。


これはただの遊びで、誠意なんか全然なくって、酷いのに、最低なのに。

静かに燃えていただけの恋心が、彼の腕の中で止められないほど大きく膨らんでいくのが分かった。

悔しい。悲しい。でも、好きなの。


泣き続ける私の髪を優しく梳く指に、狂おしいほどの愛しさを感じながら私は訴える。


「綾部さんなんか……大ッ嫌い……!」



素直になれない私とイジワルな彼の、不毛な夜の幕開けだった。



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