十一ミス研推理録2 ~口無し~
エピローグ
 覆面パトカーに乗って外食に向かうのは、刑事になってから経験することだと思っていた。
 食費は捜査費から出るらしい。十一朗が事件解決をしたお礼金といったところだ。貫野が給料から出すのではないかと思っていた十一朗は、心配して損したと感じた。
 食べるのは全員一致で「焼き肉」に決定した。
 文目の運転で貫野がよく知るという焼き肉店に向かう。聞き込みで駆け回る一課の刑事には、うまい飯の情報網もあるのかもしれない。
 看板には直売肉仕入れ店、炭火焼国産とある。店内に入ると肉が焼けた香りと音で思わず生唾が出た。
 席に座ると同時に店員が水を持ってくる。メニューを渡された貫野は先日と同じように十一朗たちに投げ渡した。
「取り敢えずビール」
 すかさず店員に注文する。飲むのは冗談かと思っていたが、本気だったらしい。
 渡されたメニューを見ると、いい値段だ。お金は足りるのだろうかと心配してしまった。
「和田は情状酌量の余地ありだろうな。八木和歌子は正当防衛になるか。犯人隠匿があるからどうかとは思うが……」
 貫野がぽつりと十一朗を見て言う。意見を求めているということだろう。
 刑事も人間だ。真実を知った今、和田と綾花の母に同情しているのだろう。
 二人をどうにかできないか――。助け船を出されているような気がした。
「その犯人隠匿ってさ。彼の意見を尊重して、そうしたんだと八木和歌子が言えばどう?」
 答えると貫野は目を丸くした。断言じゃなく疑問形か。とでも言いたいのかもしれない。
 十一朗は水を一口すると、皆の視線を窺いながら口を開いた。
「そう弁護士さんに訊いたら、どうかなってこと」
 途端に貫野が飲みかけていた水を吹き出しかけた。遠回しな言いかたでも感づくところがあったのだろう。軽く噎せながら十一朗を睨みつけた。
「おかしいだろ今のは……なんで俺の親父が専属弁護士みたいになってんだ」
「そのつもりだと思っていたよ。貫野さん、いい人だからさ」
「こういう時だけ褒めんじゃねえ」
 言って貫野は立ちあがった。突然の行動に文目が驚いて聞く。
「先輩、どこに行くんですか?」
「小便だよ」
 常識的に考えると、食事する場所では言わないだろう。そのまま奥に行ってしまった。
 裕貴は呆れた息を吐き、ワックスは水を飲んでから軽く笑った。
「初対面の時は怖かったけど、あの人からかうと面白いよな」
 面白いというよりも、単純でわかりやすい性格が正解だと十一朗は思う。褒めたら何かしらのアクションはあると考えていた。それが思った以上の行動を、貫野にさせてくれたようだ。
「文目さん、今回の事件で一番の口無しって貫野さんだよな?」
 貫野がいなくなったのを見て、十一朗は質問した。文目が慌てて取り繕うとするが、その動きが不自然で笑いそうになった。
「本人が言うつもりがないのなら仕方ないけど……主任になれないって聞いたからさ」
「え、貫野さん。主任になれそうだったの?」
 そういえば、裕貴とワックスには話していない。失言だったかなと少し反省した。
 文目は貫野が消えたほうを確認してから、十一朗に顔を近づけてきた。
「独断行動ですからね。けれど本人は気にしていませんよ。先輩は出世に関しては無欲ですから。出世を気にしはじめたのは十一朗くんと会ってからなんです」
「俺に会ってから?」
「巡査長と言われたこと、かなり気にしたみたいですよ。それに十一朗くんは刑事になるって言いましたし、かなり意識しているようで」
 十一朗は思い出した。そういえば俵井に「まっとうな刑事じゃない」と言っていたっけ。
 よく考えると、出世とやくざ刑事は矛盾しているのだ。独断行動をしてくれていたのも、理由を聞くと納得する。
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