十一ミス研推理録2 ~口無し~
3.謎の男
 数刻経過しても、綾花の状態は変わらなかった。
 視線の焦点が定まっていない。そして、どんな言葉をかけても反応を示さなかった。肉体から魂が切り離されてしまったのではないかと疑うほど、顔面蒼白となっていた。
「大丈夫? 立てる?」
 裕貴の声は聞こえたのだろう。顔をあげた綾花が自力で立ちあがろうとする。しかし、彼女の意思を裏切ったかのように膝が折れた。
 慌てて転倒しそうになった綾花を裕貴が補助する。これでは次の行動に踏み出せない。
 そう判断した十一朗は、買ったばかりの携帯電話を使って、タクシーを頼んだ。
 そんな状態の綾花を一人で行かせるわけにもいかないので、ミス研全員が同行する。
 着いたタクシーに乗車しながら「明鏡止水総合病院へ」と十一朗が伝えると、タクシー運転手は目を細くした。
 顔面蒼白の少女に付き添う高校生数人が総合病院へ。そう頼まれたら誰でも、少女の身に不幸が起きたのだと感づくだろう。
 運転手はそんな空気を感じ取ったのか、一言も話しかけてはこなかった。
 一言交わしたのは運賃を払った時だけだ。
「ありがとうございました。お大事に……」
 そんな運転手の言葉も綾花は聞こえていなかっただろう。車を降りた途端、倒れかけた。それを見た運転手が、慌てて車を降りて駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか。途中まで肩をお貸ししましょうか」
 サービス精神に溢れた大人の対応だ。ありがたい言葉ではあったが、裕貴が肩を貸したのを見て十一朗は断った。
 綾花を宥めながら裕貴が入口のほうに歩いて行く。その時、十一朗は視線の先に妙なのを見つけて立ち止まった。
 黒の車が一台停まっている。妙だと感じたのは無線アンテナがあることだ。
 覆面パトカーに違いない。しかも、内装をどこかで見たような気がする。しかし、気のせいかもしれないと十一朗は思って、裕貴の後に続いた。
 十一朗の後にワックスがつくようなかたちで、ミス研一同は進む。
 受け付け前で裕貴が十一朗に目配せした。どこに運ばれたか訊いてくれということだろう。綾花に肩を貸した状態で訊けば、更に動揺してしまうかもしれないと感じての配慮だ。
 十一朗はワックスと一緒に受け付けに近づいて、案内係に訊いた。
「あの……先程、電車に轢かれたという男性が運ばれてきたはずなんですけど」
 案内係の女性は一瞬、顔を強張らせた。無理もない。自殺しようと者の関係者がきたとなれば、感情も表に出るだろう。
 そう、ここは病院だ。誰もが怪我を治し、健康になろうと訪れる。命を断とうとした人間がくるのは、場違いとしか言いようがない。
 案内係はノートを出すとページを捲り、十一朗にペンを差し出した。
「関係者の方ですね。では、一応ここにサインを。場所は三階ですね」
 綾花がサインできそうにないので、十一朗は自分の名前と全員の人数を書いた。
 すぐに裕貴と綾花のところに行って、場所を伝える。エレベーターに乗って三階に行くまで、誰一人として口を開く者はいなかった。
 三階に到着した音をエレベーターが告げる。まず裕貴と綾花が先に降りて、十一朗、ワックスの順で続いた。
 その時だ。右手側から「うおっ」という妙な声があがった。
 声の根源に目を向けると、スーツ姿の男が二人立っていた。
 十一朗も裕貴もワックスも知った顔だった。警視庁捜査一課の刑事、貫野と文目だ。
 彼らを見た瞬間、十一朗は頭を抱えた。貫野はというと、苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを見ている。
 思いがけない場の思いがけない再会に、貫野たちを知らない綾花だけが反応を示さない。
「プラマイ、私、八木さんを先に病室に連れてくね。だからここはお願い」
 貫野と文目にお辞儀をして素通りした裕貴は、綾花を連れて病室へと入っていった。
 一呼吸時間を置いて貫野は深い息を吐くと、十一朗に向かって歩み寄ってきた。心境はかなり複雑そうで、頭を掻きながら口を開く。十一朗も同時に口を開いた。
「何でここにいるんだよ?」
 同じ言葉が違う口から出て重なった。貫野の部下の文目が目を細くして困惑の表情を浮かべた。
 十一朗が貫野と文目と出会ったのは、公開自殺事件だった。犯人を突きとめるという互いの想いが一致し、行動をともにした仲である。しかし、関係はというと仲間というよりも腐れ縁と喩えたほうがいい。
 十一朗の推理力に貫野は競争心を持っているし、十一朗は貫野の口調が気に入らない。
 協力して自殺屋を自首させた仲ではあるが、なぜかまだギクシャクしていたりするのだ。
 言葉が重なったので、互いに相手の出方を窺う。すると貫野のほうが先に口を開いた。
「藪から坊主が出やがった……なんだよ、お前ら。あの電話にでた子の関係者か何かか?」
 綾花に電話連絡したのは、どうやら貫野だったようだ。
 そういえば――と、十一朗は思い出す。病院の前に停めてあった覆面パトカーは他でもない。この二人組のものだ。内装を見た気がしたのも気のせいではなかった。
「うちのミス研に今日入部した子。新入生だよ……名前は八木綾花」
 十一朗の説明を聞いた文目が手帳を取り出すと、メモを取りはじめた。理解できない行動に、十一朗は不快感を覚えた。
「何でメモ取るんだよ? と、いうか何でここにあんたたちがいるんだ? 自殺だろ?」
 電車に飛びこんで自殺未遂。普通なら病室に警察はいない。現場検証と目撃者に、その時の状況を訊いて終わりのはずだ。事情聴取をするにしても、本人はまだ意識もなく、とてもその状態とはいえない。疑問が残った。
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