優歌-gental song-
無意識に奏でていた旋律は、いつかコンクールで歌った曲だった。


記憶の彼方に追いやって、もう忘れたと思っていた。


けれど、何度も練習したそれは、脳から忘れ去られていても、体では覚えていたようで。


妙にしっくりくる、と思いながら歌った。


ぼくは目を閉じた。


目を閉じれば、空の青とも、学校とも引き離された、別の空間__曲の世界の中へとトリップできる。


奏でる音を、大きくしたり、小さくしたり。


ひとつひとつの言葉の意味をかみしめて。


旋律に想いを乗せて。


誰に届けたいわけでもなく、ぼくはただ感情のままに歌った。




曲が終わると、後ろから拍手の音が聞こえた。


慌てて振り返ると、そこには優しい笑顔の優歌さんがいた。



「上手だったよ」


思わず聞き惚れちゃった、と優歌さんは笑った。


「き、聞いてたの?」


恥ずかしいったら、ない。


誰にも聞かれないと思って歌っていたのに。


よりによって、優歌さんに聞かれていたとは。



「えっと、さっきの、忘れて」


ぼくが平然を装ってそう言うと、優歌さんは「どうして?」と至極当然の反応をした。


「すごく上手だったよ。もう一度聞きたいくらい」


陽だまりみたいな笑顔でそう言われた。


「…もう、人前で歌は歌わないって決めていたんだ」

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