キスより甘くささやいて
食事が終わった頃、祐樹が帰って来た。
「おー、美咲、久しぶり。」
弟のくせに高校生くらいから、お姉ちゃんと呼ばなくなった。
「はい、これ。俺様のおごり」とケーキの箱を持ってきた。
「すご〜い。甘いモノ食べたかった。」
黒の箱にgâteau(ガトー)と金色の飾り文字で描かれている。
知らないお店だ。
上機嫌で私は箱を開ける。
大きなホールケーキだ。
真っ白なクリームに真っ赤なツヤツヤのイチゴがたっぷり乗っている
大堂のザ・ケーキって感じのヤツだ。
「美味しそー!」そっとケーキを取り出すと、
ケーキの上にチョコレートでできたプレートが乗っている。
白い文字で《おかえり、美咲》と書かれていた。すご〜いできた弟だ。
「ローソクまでついてる。
そんなにおねーちゃんと一緒に暮らせるのが嬉しいの?」
と笑って言って、バシバシ弟の背中を叩くと、
祐樹がちょっと気まずい顔をして
「そんなに嬉しい訳じゃないけど、
…えーと、確かにケーキを買って帰ろうとしてたんだけど…
えーい、白状すると、友達のオススメのケーキ屋ってやつが
3年位前に近所にできたところだったから、寄ったわけよ。
そしたらさ、なんと、そこのパティシエが風間くんだったんだよ。
覚えてる?風間颯太。
美咲の高校の同級生だった、メガネでチビの…
今はスッゲーデカくなってて、
俺はちっとも気がつかなくってさぁ、
…美咲が帰って来てるって言ったら、このケーキを奢ってくれたんだよ。」
へー。パティシエねえ。
あの、チビの颯太が。
バスケットボールばっかりしてたと思ったけど、
今じゃ、スイーツ男子って訳だ。
お母さんがコーヒーを淹れてきて、ローソクをケーキにたてる。
全部で10本だ。私は笑って
「なんのお祝い?」ときく。
「せっかく入ってたから、もったいないでしょう?
ほら、美咲、マッチで火をつけて」とうながされる。
私が火をつけると母が、
「じゃあ、お願い事を言ってから、吹き消して。」
「お願い事かぁ。」と、ちょっと考え、心の中で、
『新しい生活が楽しいモノでありますように。』
といって、ローソクの炎を吹き消した。
< 6 / 146 >

この作品をシェア

pagetop