うちの嫁


今から悪戯でもするよう、私の目を見つめながらゆっくり、歪(いびつ)な拳を広げます。そこには___何も有りませんでした。

わたくしが一瞥すると、罠に引っ掛かったとでも言わん憎たらしい顔で、反対の拳を開きました。

洗濯ばさみが一つ。

青い透明色の洗濯ばさみ。しかしこれが、手だか脚だか、折れていないんですの。まだ、開くことも挟むことも、職務を全うできる正しさが其処にありました。

この際、正しさは要らなかったのですが、嫁が手に押しつけてきます。

持っていては生きていけないとでも言うのか、自由になった両手を棺桶に突っ込み、そのまま万歳をいたしました。

敷き詰められていた花々が、華々しく舞い散り、どよめきと愛重なって、土俵で塩をまいたような。屈強な力士がこれから、死に物狂いでぶつかり合う。

ちょうど脇の辺りでしょうか。わたくしも手を突っ込みましてね、万歳したわけです。

たんぽぽの綿毛が、こんなところに戻ってまいりました。

誰が息を吹きかけたわけでもない綿毛が、天を舞っています。

あとから早苗さんに聞いた話では、とても綺麗だったと。私と嫁が天にまく花々は、なにより綺麗で美しく、なによりの弔いではないかと。

今、わたくしは骨壷を抱いています。

善でも悪でもない、灰色になった夫の中へ、折れていない洗濯ばさみを入れてあげました。そのまま抱きかかえ、信明の部屋の床で静かに体を横たえました。

少し眠ってしまったようです。

誰かが、それはそれは労わるように腕を撫でてくれました。涙が一つ、溢れ、誰かが、それはそれは愛おしく拭ってくれました。

嫁でしょうか?今、この家には嫁しか居りません。うっすら目を開けますと、股間をかきながら鼾をかいている嫁が。きっと嫁も心細かったのでしょう。

しかしそれなら、一体、誰がこの私を愛でるというのか___。

白い綿毛は一本の軸に集まり、見事な羽根を作り上げたのです。床に堕ちたその羽根を手に、起き上がりました。

あら、これはなにかしら?

背中に手を伸ばしました___。




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