カタブツ上司に迫られまして。
まさかの出来事。初日



世の中は夏だ。
暑くて、暑くて……今は熱い。
野次馬の雑多な声に紛れて、蝉の声は聞こえないけれど、間違いじゃない。

だけど私の目の前にとっては、寒さを感じる空間が広がっていた。

あれは、間違いなく私の部屋。
隣の部屋はすでに焼け落ちて、消防車の放水は、懸命に私の部屋に向けられている。

これは夢ではないらしい。
さっきからメラメラと燃えているのは、私の部屋らしい。

気づいた瞬間、目の前が暗くなった。

このマンションに住んで1年。
最寄り駅からは徒歩でも10分で、5分圏内にはスーパーもコンビニもある。
やっと生活にも慣れてきて、自分の部屋だと認識して、寛げる空間になってきたのに……燃えている。

これからどうしよう。
出張帰りだから、スーツの替えと何枚かの着替えは持っている。
充電器も、キャッシュカードも、健康保険証もある。

あるけど、どうにかなるとは思えない。
明日も仕事だし、仕事に行かなくては、お給料はないし……お給料がないと、新しく部屋を借りると言っても……

「鳴海。お前も野次馬か?」

声をかけられて、ぼんやりと振り返った。

そこに笹井課長の姿が見えた。

いつもパリッとスーツを着こなしている課長。
今は、Tシャツにジーパンに、何故か下駄姿だった。

どこか冷たそうな表情はいつもと変わり無く、いつもなら、愛想笑いをしてそそくさとその場を去っていただろうけれど……

「課長~」

「え。うわ……っ」

その胸に思いきり飛び込んで、係長のTシャツを掴みとった。

「なんだ、お前っ!」

「どうしよう課長~。うちがなくなっちゃったぁ~」

慌てた表情の課長の胸ぐらを掴んだまま、私は泣き出していた。





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