【6】シンボルツリー
 コロッケを買いに、朝に立ち寄った店に、再びやって来る。

 店の主人と目が合ってしまったが、美月のために、コロッケを二つ買った。

「自分で持ちなさい」

 コロッケの紙袋を美月に手渡し、美月を自転車の後部座席に乗せて、不動尊のいる寺院へと向かう。

「温かいうちに、食べよう」

「うん。たべたい」

 朝と同じように、自転車を止め、水屋の水で手や口元をすすぐ。違ったのは、美月がいることだけだ。
 無邪気に水で戯れる美月を制し、手を繋いで境内に連れて行く。傍らに屯(たむろ)する鳩たちが気になるらしく、横を向いたまま歩いている。


 休憩所の中に入り、コロッケの入った紙袋を広げた。

「お父さんはお茶を貰ってくるから、先に食べとき」

「うん」

 お茶を汲みながら、美月の様子を伺うと、勢いよくコロッケに食らい付いていた。美月の分と、自分のお茶をテーブルに置き、美月が零したコロッケのカスを拾った。

「おなか、空いてたんか?」

「うん」

「ほら、お茶も飲んで」

「うん」

「あれだけ遊んだんからやな」

「うん」

「ゆっくり食べなさい」

 そう私が諭すと、「おとうさんは、たべないの?」と言って、そこで食べるのを止めてしまった。

「二つとも、美月の分だよ」

「ちがうよ。一つはおとうさんの分だよ」

 美月は「たべて」と私にコロッケを掴んで差し出した。ぽろぽろとパン粉が落ちたが、気にならなかった。

「じゃあ、一口貰うよ」

 私は一口、コロッケを噛んだ。

「おいしいでしょ?」

 美月に確認されたので、にっこりと笑顔で返した。


3.純真 (完)

 
 






< 14 / 25 >

この作品をシェア

pagetop