きみの幸せを願ってる



きみの瞳が俺を捉えた。
その途端、きみの顔に困惑が広がる。


「凛……」


「すみません。よく覚えていないのですけど、この病院の看護師さんですか?」


室内の空気が凍りついた。


そのときのきみの顔は、申し訳なさでいっぱいといった感じだ。


覚えていない。
俺のことを。


覚悟はしていたつもりだった。


だけど、やっぱり、辛かった。


歯をぎっと噛み締めた。


看護師なんかじゃねぇ。
きみの恋人だ。


一緒に教員採用試験に合格しようと約束した恋人だよ!


だけど、そんなことを記憶をなくしたきみに言えるわけはなかった。


「残念。看護師さんじゃないんです。覚えてないなら、仕方ないよね。大学一緒の工藤輝っていいます。きみの友人たちがみんなきみを心配してたから、一番病院に家が近い俺が様子を見にきたんです」


嘘だ。
もちろん。


友人に頼まれてここに来たわけじゃない。
俺は自らの意志でここにいる。


だけど、きみは俺の嘘を全く見抜いてはくれない。


「大学、一緒でしたか。ごめんなさい。えっと、工藤くん……だっけ?お見舞い本当にありがとうございます」


俺に対する敬語。
『工藤くん』という呼び名。


きみとの間に大きな壁を感じる。


「お元気そうなので、俺は帰ります。ご家族の方とごゆっくり。友人にはきみの無事を伝えておきます」


口角を持ち上げてから、病室を出た。
だけど、ちゃんと笑えていたかはわからない。


病室の外で、ズルズルと膝が崩れ落ちた。


床は消毒液臭いけど、構わず座り込み、膝を抱きかかえた。


膝頭に瞳を押し付けると、ジーパンがジワリと滲んだ。


「……なんでだよ……」


輝って、呼んでほしかった。
あなたは私の恋人だって言ってほしかった。


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