見知らぬ愛人
運命
 パーティーは終わった。

 招待客お一人お一人を丁重に、お見送りして豊田順子は
「この後、ファッションビルのオーナーの友人と約束してるから」
 と先に帰って行かれた。

「常務、お疲れ様でした。後は私どもで大丈夫ですから。あんな素敵な女性をお待たせしては失礼ですよ」
 と笑顔で社員に言われ

「じゃあ、後はお願いするよ」
 星哉さんは手持ち無沙汰な私のところへ

「お待たせ。さぁ、行こうか」

「もう大丈夫なの?」

「君を待たせたら失礼だってさ」
 歩き出す星哉さんの後ろに付いて、私も歩き始める。歩きながら
「お腹、空かない?」

「ううん。お料理を少しいただいたから、そんなに空いてないけど」

「うん。僕も」
 そう言いながら星哉さんに手を繋がれていた。

 人前で男の人と手を繋いで歩くなんて初めての経験。なんだかドキドキしていた。不思議な感覚だった。

 エレベーターに乗って上の階へ行き、いつもの部屋に入る。

「あぁ、疲れた。タキシードって疲れるんだよな」

「そう? とても似合ってると思うけど」

「ありがとう。景子も豊田順子のドレス似合ってるよ。かあさん喜んでくれたし」

「ねぇ、どうして教えてくれなかったの? 常務だけでも驚いたのに、まさか豊田順子がおかあさまだなんて」

「ごめん。それと、もう一つ謝らなければならない事があるんだ」

「何? もう大抵の事では驚かないと思うけど……」

「二年前、ここで景子に初めて会った日、専務の兄を待っていたんだよね?」

「そうよ」

「実は兄貴に急用が出来て、代わりに僕が来た」

「えっ? じゃあ、どうして声を掛けてくれなかったの?」

「ごめん。兄貴から聞いてたのは、赤いスーツを着た五十代の女性だって……」

「五十代? どうして? 私、年齢も秘書の方に伝えたつもりだけど」

「先週、景子から聞いた話と違っていたから秘書を問い質した。彼女、ベテラン秘書なんだけど、兄貴を好きで……。若い女性の君に会わせたくなかったらしい」

「そんな……。そんなことって……」

「本当にごめん。厳しく言っておいたから今回は許してもらえないかな?」

「その秘書の女性は専務さんの愛人なの?」

「あのねぇ、家の社はそんなに乱れてないよ。彼女の片思いだ。兄貴、もう結婚もしてるし子供だっているんだよ」

「じゃあ、私は何してたの? 二年も何も知らないままで……」

「景子と僕は、結局、出会う運命だったってことだよ。景子のおばあさまと家の母が、切っても切れない縁を結んでおいてくれたんだと思う」

「星哉さん……」

「さぁ、月曜からはビジネスの話を始めるよ」

「はい。よろしくお願いします」

「その前に言っておくことがあるんだけど」

「何?」

「景子、僕と結婚して欲しい」

「えっ? 結婚?」

「運命だって言っただろう」

「でも……」

「景子は、どういうつもりだったか知らないけど……。僕は初めから君を好きだった。この二年でもっと好きになって愛してるんだと気付いた。セフレから恋人に昇格させて欲しい」

「…………」
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