ボロスとピヨのてんわやな日常
 さすがにこの俺も、三匹相手に勝てる自信はない。臨戦態勢になったものの、腰が引けているというのは自分でもわかっていた。
 しかし、いや待てよと俺は思い至った。いつも喧嘩を吹っかけてきていたのは、ボスであるクロだ。それなのに、今回はクロの右腕ともいえるヤミだった。いつもはクロがボスらしく先陣切っていたのに、おかしい。猫の目が変わるというが、猫の態度が二、三日で変わることはない。もしかして、俺の知らない間に何かあったのか?
「太陽の目覚めとともに黒から青く染まっていく空。その空が心の投影というのならば、なんと素敵なことだろう。そう思わないピヨか? ボロスくん」
「えっ、はあ?」
 長々と妙なことを語りはじめたのはクロだ。思わぬ展開に俺も冷静に答えることなんてできなかった。
 ――えっと、これどう対応したらいいんだ? クロの奴、何か悪い物でも食ったのか? そうだ、思い出せ。最後にクロと会ったのはいつだっけ。そして、別れたのは。
「あああっ!」
 魚屋の前で喧嘩になった時か。確か、ピヨがクロの脳天に「サクッ」を炸裂させたんだっけ。そして、そのままクロはスローモーションのように倒れて気絶したんだった。
「吹き抜ける風、その風の向かうところが世界中と考えると僕は翼がほしくなるピヨ」
 クロを見てだんだん気の毒になってくる。これ、絶対に「サクッ」の後遺症だろ。語尾に「ピヨ」がついてるし、間違いないでしょ!
「クロの親分が、隣町の魚屋に行くと言って戻ってきてから、ピヨマーになると言ったきり、ずっとこれなんだよ!」
「聞けば、クロの兄貴は黄色いのに脳天突かれて気絶したらしいじゃないか。ボロス、お前、何か知っているのなら言え!」
 スミとヤミが唾を飛ばしながら、激しい剣幕で俺に詰め寄ってくる。いや、今、お二人が言ったことが全てです。俺は静観していただけで――って、ピヨを見たらバッタ追いかけてるし!
 しかし、あの乱暴者のクロが、必殺サクッで性格まで変わるとは思わなかった。
 虎ノ介の家に入った泥棒にも、ピヨは「サクッ」をしていたが、あの攻撃はそういうことだったのか。人間にきかないというのは残念だったが、乱暴者のクロの変わりようを見るとまさに会心の一撃ならぬ、改心の一撃ということだね。
「おい、ボロス。にやついてないで答えろ」
 ヤミに一喝されて我に返る。どうやら、考えていたことが顔に出てしまっていたらしい。いや、今のダジャレ、俺的には結構いけてたと思うのだけど。
 とはいえ、俺のその思いをヤミもスミも受け入れてくれるはずもなく、一歩前に出て臨戦態勢をとっていた。
 やばいぞ、この状況はと思ってピヨを見ると、今度はカマキリと睨めっこをしている。
 ピヨさん、敵はそっちじゃなくてこっちー! と、思いっきり心の中で叫ぶが、マイペースなピヨに俺の願いがとどくはずもなく。
「待ちたまえ。ヤミくん、スミくん。ボロスくんが困っているじゃないかピヨ」
 臨戦態勢のヤミとスミを前に思わず構えた俺だが、思わぬところでクロの助け船が入っていた。
 どんな状態になってもクロはボスだ。困惑した様子でヤミとスミは臨戦態勢を解く。
 その時だ。俺の視界に黄色いものが入ってきた。どうやらピヨが昆虫との戯れに飽きて戻ってきたらしい。
 そのピヨがクロをじっと見ながら、瞬きを何度もしてから目を細くする。これ、どういう心理を現しているのだろうか。
 ピヨがクロをこんな状態にしたとスミとヤミは知っている。そのため、緊張状態となっていた。そんな注目の的のピヨが、クロに向かって行ったので大変だ。クロはというと、
「現れては消え去る雲。まるでそれは逢着と別離のようには見えないかピヨ」
 詩を読むのに夢中で、ピヨが接近しているのに気づいてはいない。
「兄貴! 黄色い奴に気をつけて」
 ヤミが叫んだが時既に遅く、ピヨはクロの頭に跳び乗っていた。そして、ピヨのくちばしがクロの脳天めがけて振り下ろされる。
 前と同じように「サクッ」という軽い音がし、クロはまた白目をむいてスローモーションのように倒れた。
「親分!」「クロの兄貴!」
 倒れたクロにスミとヤミが駆け寄って揺さぶる。クロは改心して無抵抗だったはずなのに、ピヨの奴、何もここまでやることはないんじゃないか。
 と思ったら、クロはすぐに気絶から覚醒していた。
「くそっ、頭がいてえ。一体、俺はどうしたんだ?」
 起きたクロは前のクロに間違いなかった。何を思ったのか、ピヨはクロを元に戻したのである。
 いや、確かに気味が悪かったけどっ! というより、あれは治せるものなの?
 とはいえ、元に戻ったクロとスミとヤミ、三匹相手は分が悪い。ここは逃げるが勝ちだ。
「ピヨ、逃げるぞ! はやく背中に乗れ」
 俺はピヨに声をかけると、全力疾走で逃げる。自慢じゃないが、足のはやさなら俺は町内一なのだ。草村を抜け、交差点を渡り、垣根を抜ける。
 息切れするまで走って後ろを見ると、どうやらクロたちは追いつけなかった様子だ。
「ふう、どうやら撒いたみたいだな。もういいぞピヨ。降りても」
 しかし、背中に声をかけても声は返ってこない。
「おい、ピヨ? どこに行った?」
 そこでようやく俺は、ピヨと離れ離れになったということに気がついていた。
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