ボロスとピヨのてんわやな日常
 ピヨと離れ離れになったあの時に、俺は親のことを考えていたのを思い出した。
 俺は雉猫だから親も雉猫かもしれない。もしかしたら、どこかで会っているかもしれないし、死んでしまっているのかもしれないと。
 その父親が目の前にいる。しかも幽霊で俺と同じ名のボロスだという驚きの事実付きで。
「詳しくいうと君は十三匹目の相手の子どもだな。むかしはブイブイいわせていたもんだ」
 胸を張るじいさん――もとい、父親に俺は呆れるしかない。いや、相手をまだ見つけていない俺も俺かもしれんけど。十三匹って、何気にすごいな。
 ピヨを見ると「ピーイピーイ」と鳴きながら、くるくる回っている。ブイブイの意味を体で表現しているのだろうが、あんな捉え方でいいのだろうか。
「最終的には二十一の相手を得たんだがな。その中の子でオスのボロスという名前の雉猫がいると知ったのは三か月前だ。で、年も取ったことだし、そのボロスとやらに会いたいと思ってな。ここの橋を渡ろうとしたらドカン。車に轢かれたんだよ」
 ――って、十三匹じゃなく、まだいたのかよ!
 事故で死を迎えていたのなら、本来は暗い話だ。しかし、幽霊であるせいで死んだという実感がないのだろうか。父は淡々と話を続けた。
「未練というのかな。何故か、その事故に遭った後、帰れなくなってしまったんだ。それで、君と一緒なら橋を渡れるかもと思ったんだよ。どうやら、今日は帰れそうだ」
 一匹で戻りたくない理由がある、切っ掛けがほしかったとも、父は言っていた。
 おそらく、未練から地縛霊になりかけていたのかもしれない。そうなりそうだったのを、俺との出会いで断ち切ったのだ。しかし、そうしたことであることが生じるはずだ。
「やっぱり、橋向こうに行ったら消えるのか。成仏できるってことなんだよな?」
 俺の質問に、父は首を傾げる。そりゃそうだ。こんなこと誰も経験したことないだろうし、死んだとしても幽霊になるのかなんて、誰にもわからない。
 その時、「むぎゃっ」という妙な声がした。声の根源を見てみると、どうやらピヨが看板に突き刺さったヤミを、根野菜を収穫するように引っこ抜いたらしい。その後ろではスミがビクビクした様子でピヨがすることを見ている。まあ、ピヨの六連コンボをやられたらそうなるよな。ピヨが何を考えているのか、表情からは全く読み取ることができないし。
 そして、ピヨは気絶をしたままのヤミの体の上に乗って飛びはねている。心臓マッサージのつもりなんだろうけど。そう考えると、ピヨ語がわからなくても、何となくピヨがしたいことはわかるようになってきたな。
 ヤミが体を少し動かしたのを見て、覚醒できると思ったのだろう。今度はクロのところに行って、両羽根で軽く叩いている。すると、クロも唸り声を出してから起きあがった。
 おいおい、これってまずいんじゃないか。三匹同時に覚醒すると、さっきみたいに喧嘩をうられることになるんじゃ――と思ったら、クロたちは口を開いたまま震えている。
「おい、ボロス。そいつは誰だ!」
 クロが前足で差したのは、雉猫父だ。そういえば、クロたちには見えなかったみたいだしな。父が目的を達成したことで、見えなかったのが見えるようになったのか。
「ああ、俺の父親のボロス。ヤミに闘魂注入したのがそうだよ。で、なんで震えているんだ?」
「浮いているし、透き通っているじゃねえか!」
 俺には鮮明に見えるのだが、クロたちにはそう見えるらしい。
 見えたとわかったのが嬉しいのか、父は更に胸を張る。
「ふぉっふぉっふぉっ、わしが息子の守護霊になったからには、もう喧嘩は敵わんと思いたまえ。ほらボロス、わしの闘魂も授けてやろう」
 守護霊って、いらん設定を。と思った瞬間、父が俺の手をつかみ上げてハイタッチする。地味に痛いな。一体、父は何がしたいんだ。
 それを見てなのかどうなのか知らないが、クロたち三匹は恐れるように体をくっつけ合いながら退く。そして、クロは偉そうに咳払いをすると、
「きょ……今日は、お前の親父さんが俺を助けてくれたことに免じて、見逃してやろう」
 そう言い残して逃げるように去っていった。
 クロたちの姿が見えなくなるまで見届けた父は、疲れたような息を吐いてから俺とピヨを見る。
「では、夕食を食べに行くか。橋を渡ったところに、焼き鳥屋がある。そこの主人が、いつも串に刺せないかけらをフライパンで焼いてくれるのだよ。尤も、わしが生きていた頃にいただいていたのだがね。息子の君は、わしにそっくりだから、わしのふりをしたらもらえるだろう」
 橋を渡ると父が先頭を歩く。その後を追ってピヨを乗せた俺はついていく。
 しばらく歩くと、焼き鳥の良い香りがしてきた。焼き鳥ということで父は俺の背中にいるピヨを気にしたのだろう。ピヨを目配せで呼んだ。
「ピヨくんはこっちに。近くにハト小屋があるんだ。猫のわしが入るのはまずいが、同じ鳥類だから、ご相伴にはあずかれるだろう」
 野良の俺はいつも餌を得るのに必死だった。奪われないように。負けないようにと。
 しかし、今回は父のお蔭で苦労することなく食事にありつけている。人間の子どもも、親に働いてもらって食事をする。きっと、同じような気持ちなのだろう。
 父の言った通り俺が行くと、焼き鳥屋の主人は焼いた鳥肉をくれた。ピヨも鳥小屋に入って餌を啄んでいるようだ。食事をする俺とピヨを、父は交互に見ながら微笑んでいた。
「親父、美味い飯を食わせてくれてありがとう」
 お礼を言わねばと俺は振り返って言う。しかし、そこに父の姿はなかった。ピヨも必死になって捜している。
「もしかして……もう成仏しちまったのか」
 微かに風が吹く中で、「元気な姿を見ることができて安心したよ」という声が聞こえた気がした。
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