ボロスとピヨのてんわやな日常
 昼休みの時間を知らせるチャイムが鳴る。忙しい足音が教室から出て、あちこちに散らばっていった。
 俺はというと、「見つからないように自転車置き場で隠れてて。お昼の時間には行くから」と、愛奈ちゃんに言われ、ずっと待っていたわけで。
 そして、近くにあるゴミ箱から唐揚げや、ヨーグルトの空箱を見つけてしっかり腹を満たしたわけである。まだ食べられるものが捨ててあるというのは、野良の俺にとってはありがたいのだけど、先日までホームレスに世話になっていたので、食べ物が粗末にされているのを見ると複雑な気持ちだ。
 チャイムが鳴ってしばらくすると、愛奈ちゃんと、あの三人組のイジメがなくなったのを切っ掛けに愛奈ちゃんにできた親友、千紘ちゃんが自転車置き場にきた。
 弁当箱を出した愛奈ちゃんは、いつも通り、俺にお手製のタマゴ焼きをくれる。今日は、魚肉ソーセージ入りのタマゴ焼きだ。
 俺はタマゴ焼きを咀嚼し、ピヨはもらったトウモロコシの粒をつつく。この味が好きだから学校にくるんだよなあ。と思っていると、愛奈ちゃんが頬を染めながら両手を膝の上で重ね、もじもじしはじめた。
「それでね。その時は三人組にノートを取られていて、書き取るものが手元になかったの。それを隣の席の波木くんが気づいてくれて、ノートの一枚を破って渡してくれたの。これに書けばいいよって。そうしたらね。紙を束ねたノートのつくりで、もう一枚取れちゃって。その取れちゃったのが、よりによって白紙じゃなくて、重要点が書かれたページで。今も波木くんのノートの一枚は挟まれた状態なの。私、悪いような気がして」
 長々と愛奈ちゃんが話しているのを見て、なんとなく察した。これは恋愛ガールズトークというやつではないのか。なるほど、恋愛相談なら彼氏がいる千紘ちゃんが適任だろう。しかし、愛奈ちゃんの様子が、すこしおかしい。
「愛奈、誰に話しているのよ! 私は、こっちこっち」
 そう、愛奈ちゃんは俺とピヨを見ながら語っていたのである。愛奈ちゃん、恋愛が絡むと天然気質になるのか。愛奈ちゃんは千紘ちゃんのほうを向くと、続きを話しはじめた。
「そしたらね。次の日、今度は波木くんがアレルギーだったみたいで。私、ポケットティッシュをあげたの。そうしたら、何このティッシュ? すごくいい香りがする。どこで買ったのって言われて……その次の日にティッシュを買ってきてあげたの」
「ふむふむ。つまり愛奈ちゃんは波木くんのことが気になって仕方がないわけだ。けど、顔を合わせて、まともに話すこともできないと」
「なんで言ってないのにわかるの? 千紘ちゃんってエスパー?」
 千紘ちゃんがエスパーなら、俺もエスパー猫に決定である。わかりやすいんだよな。愛奈ちゃんの考えていることは表情に出るから。そんな素直なところがいいんだけど。
「好きっていったら付き合ってもらえるかな。私、いじめに遭っていたネクラ女だし。波木くん、いろんな人に優しいから、私に特別に優しいというわけでもなさそうだし」
 愛奈ちゃんのネガティブシンキングタイム突入に、千紘ちゃんが困った顔をする。
「ピーピッピヨピッピッピピピーヨ」
 その時だ。ピヨが鳴きながら愛奈ちゃんに向かって、手旗信号のように両羽根を動かしはじめた。これって、応援団長の動きのつもりか? ラジオ体操の動きもすこし混ざっているみたいだけど。
 これを見て、愛奈ちゃんは微かに笑った。
「ありがとう。また心配してくれたんだね。うん、すこし頑張ってみる」
 三人組のイジメ撃退以降、ピヨの動きは愛奈ちゃんに勇気を与えることができるようだ。
 ピヨは首肯すると、また応援団長のような動きをした。なんで応援団長の動きを知っているのかというのは、前のラジオ体操と同じく、コメディーなので無視するとしよう。
「それでね。前にノートを破いてもらったから、今日はお詫びにノートを買ってきたの。これなんだけど、波木くんに喜んでもらえるかな」
 そう言って、愛奈ちゃんは紙袋を見せた。
「また、プレゼントかあ……愛奈ちゃんは恋に不器用だねえ。かわいいんだから、自信持てばいいのに。男なんてバカなんだから、かわいい子が一緒に食事に行こうって言えば、ほいほいっと一緒にきてくれて、奢ってくれるよ」
 そう言って、千紘ちゃんはハエを払うかのような動きをあらぬほうにする。どうやら、千紘ちゃんの彼氏である准一が様子を見にきたらしい。女性の恋愛相談は女性のみが聞けるということだろう。俺とピヨはオスなんだけど。
「えっ、一緒に食事に行ってどうするの? それからどうしたらいいのか私、わからない」
「それは男の子に任せなさいって。もしかしたら、あらぬ展開となるかも」
「えええええーっ!」
「好きだったら、既成事実つくっちゃうといいのよ」
 何気に千紘ちゃんが怖いこと言ってるし。これ、俺とピヨが聞いていていいのだろうか。刺激が強すぎるぞ。本当に愛奈ちゃんが実行しちゃったらどうするんだ。俺の純真無垢な愛奈ちゃんが――あっ、なんか波木ってやつに爪立てたくなってきた。だって、あいつイケメンというやつっぽかったし、勉強もスポーツもそこそこできそうだし。
 いや、波木とやらは人間だ。俺のほうが凄いと思うんだけどね。三階から落ちて平気じゃないだろう人間は。俺は平気だったもんね。だから、愛奈ちゃんの膝の上に乗るのが相応しいのは俺のはずなんだ。
 そう考えて、すこし虚しくなってきた。俺の愛奈ちゃんがー。俺の愛奈ちゃんが人間の男にー。
 その時だ。千紘ちゃんの視線が一点に釘づけになる。その場所は先程、千紘ちゃんの彼氏である准一が姿を見せていた角だ。
 動物は自分の目の前にいる相手があらぬほうに視線を向けたら、倣うように同じ方向を見てしまうらしい。愛奈ちゃんも俺もピヨもそうだった。
「二人とも准一を見なかった? 大事な話があるから、自転車置き場にきてくれって言われたんだけど……まだきてないみたいだな」
 そう言いながら、角から姿を見えたのは、ガールズトークの中心にいた波木だった。
< 56 / 61 >

この作品をシェア

pagetop