貴女へ

離れて初めて。

「…っ!目醒めやっ!…おはよ、玲実。」
そこには背の高い男の人が立っていた。少しキツめの関西弁。他でもなく翔…でも、翔ってもっと声が高くて男子のわりには身長が低かった気がする。
「かけ、る…?」
恐る恐る聞いた。
「どうしたん?」
翔はいつもと変わらない優しい顔で笑った。本当にあれが夢で良かった…苦しさが一気に安らぎへと変わった。
「玲実、兎に角大貴様んところ行かなあかん。…歩ける?」
「大丈夫だと思うけど…」
ベッドから起き上がろうとしたら右足に痛みを感じた。すぐに右足を確認する。すると右足にあった魔印が変わっている。
「…魔界の王族の正式な魔印や。それ、大貴様に見せよな。」
一瞬痛んだ足の痛みはもう無くなっていて歩けた。ベッドから出て立ってみると翔はかなり大きくなっていた。…いつの間にそんなに大きくなったんだろう?
私は翔に手を引いてもらいながら大貴先生の部屋を急いだ。

先生の部屋の扉をノックして入った。先生の容姿は何も変わっていなかった。私の顔を見た先生は椅子から立ち上がった。
「玲実…っ!」
そして一気に近付いてきた。
「大貴様、玲実様の魔印が…っ!」
「玲実…この二年間、長かったですよ。」
に、二年間?まさか…
「…私、二年間も寝ていたの?」
「ええ。」
「中二だったんだから…翔、いま高校生?」
「高一になったんよ。」
「直樹も高一…同じ高校?」
「同じ。クラスも一緒やし大貴様が担任をしてくださってる。」
そうなんだ…それじゃ、クラスの子にはもう会えないのか。
「お別れくらい言いたかった…」
「クラスの子に?」
頷いた。
「結実にはあんな別れ方だったし…」
「大丈夫や。大丈夫やって」
「どうして?…結実はいつも側に居てくれた大切な友達なの。顔を見てさよならくらい言いたいって思うのっ!」
それはいけないこと?どうして大丈夫だって言いきれるの?
「あいつも同じ高校におる。」
え…?結実も、同じ高校…
「玲実、翔たちと同じ高校に行きなさい。そうすれば私もいますし安心できます。」
…でもそれじゃ意味がない。
「私、中三を寝て過ごしたのに高校生なんていうのも戸惑いがあります。」
「大丈夫や。玲実の頭なら高校は余裕やて!」
「…私、バカだよ?」
「玲実は自分のIQを知ってますか?あなたのIQなら高校の教育課程はとっくに終了しています。」
いま、先生の言ったことが信じられない。だって私は何もかもうまくできない。いつも失敗してばかり…
会話に行き詰まって少し過ぎたあたりでドアがノックもせずに開いた。そしてみんなが慌てた様子で入ってきた。
「ノックは…?」
「す…すみません大貴様。しかし、お嬢様が…」
「直樹、言い訳は要りません。」
直樹の肩を落とす姿が見えた。…やっぱり、二年も経ったのか…直樹も変わっている。身長は更に高くなった気がする。みんな成長期がいつの間に…じゃなかった。例え主人であっても今は直樹を傷つけてはならないと思う。
「先生、直樹を責める前にまず私を。私が目醒めた瞬間、誰にも告げずに翔と二人で来たことがいけなかったんです。直樹は何も悪くないです。」
「…お止め下さいお嬢様。我々の責任です。我々が大貴様の命に背いたのです。」
そう言ったのは佐藤さん。佐藤さん…眼鏡掛けてる。やっぱり眼鏡一つで印象って変わるな…相変わらず片目は髪で隠してるけど。
「私は大丈夫。全然平気だから…それよりも、直樹やみんなが傷つく方が私にとっては平気じゃない。」
ふぅ、と先生の溜め息が聞こえた。
「…今回は、非常事態だったという事にします。ですが二回目はありませんからね。」
「ありがとう、大貴先…お父さん。」
危ない…また先生のこと大貴先生って言いかけた。お父さんってやっぱり馴れない。
「無理に父と呼ばなくて構いませんよ、玲実。先生のままでも十分です。」
先生はそう言って笑うと私の頭を撫でた。
「…でも、先生は私を玲実って呼んでくれるようになりました。私は父と呼びたいです。だけどいつも大貴先生って…」
「大貴ではいけませんか?」
え?それってつまり…
「先生を呼び捨て、ということ?」
「そのつもりで言ったのですが…問題ありますか?」
先生、じゃなくて大貴はそう言うとニコッと笑った。よし、試しに呼んでみよう。
「大貴…。」
「何ですか、玲実。」
「新鮮だったから呼んでみたくなっただけです。」
「そのうち馴れますよ。」
私は頷いた。そのうち…そう、やがて時間が解決してくれる。
「玲実、今日は寝なさい。急ですが明日、学校に行きましょう。みんな居ますから…」
「おやすみなさい。大貴…」
まだ眠かった私は意識を手放し、翔の腕の中へ倒れた。
心がちょっと軽くなった気がした。そして私はまた、夢の中へと意識を手放した。
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