(短編集)ベッドサイドストーリー・1
・ビネガー

・「ビネガー」



 夏になると、どんどん上がっていく周囲の気温に半比例するように、オギの体温は下がって行く。

 ちょっとずつ冷えていって、指先まで真っ青に染まるような感覚に陥るときがあるのだ。

 そういう時、オギは一人で呟いて腕をさする。

 寒い、温まらないと私、凍えてしまうわね、って。

 彼女は外へ出て行く。

 夏の明るくて強烈な白い光りは容赦なく彼女を照らしつける。だのに、オギの体はますます冷えていくようなのだった。

 彼が、足りないんだ。彼女はわかっていた。だってもう何日も、あの男の人の笑顔を見ていないんだもの。それでこんなに寒いんだって。

 汗なんか一つも出ないままで、オギは散歩を終えて自分の部屋へと戻る。さあ、今日の晩ご飯はどうしましょうか、そう言ってみて、自分一人の為にわざわざキッチンに立って食材をこねくり回すなんて、バカらしいと思ってしまうのだ。

 あーあ、やめた~って彼女は包丁を手から離す。

 どうせ冷蔵庫には大したものはないのだし。

 あーあ。オギはソファーの上に猫のように丸まる。膝を抱えて、クッションにうずくまるように顔を押し込んだ。

 ここには、彼の匂いが染み付いている。

 だから、オギはソファーの上にいる時は微笑んでいる。安心しきった笑顔で、とろりとした時間をゆっくりと過ごすことが出来る。

 そして十分ごろごろとした後、立ち上がってまたキッチンに向かう。

 この香りをつくらなくっちゃ、そう呟いて。そうしたら、私の体は温まるのだわ、彼女はそれを知っていた。

 オギは冷凍庫からフライドポテトの袋を取り出して、油を過熱し始めた。これを揚げたら──────たっぷりのビネガーをかけるのだ。

 彼女はもう一生懸命に、ポテトを揚げることに専念している。



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