蜜愛フラストレーション
十.ねほりはほり


「ねー北川くん」

今日までにこの呼びかけを聞いたのは、果たして何度目になるのだろうか。

甘ったるい猫なで声に少し首を傾げているその人は、優斗の顔を覗き込むのがクセらしい。

その女性こと五十嵐さんが商品開発部に戻ってから、はや5日が過ぎた。

仕事の勘を取り戻せば云々と言っていた彼女だが、その力量は未だ見えず。優斗と同い年で2期先輩のためか、馴れ馴れしい口調で話しかけている。

専務の娘を煩わしく思う課長が絶賛放置中。彼の信望の厚さゆえか、既に部内で浮いた存在となっていた。

仕事中の優斗は女性と一線を置いて接するのが常で。五十嵐さんのあからさまな態度に不快感を示しつつ、数多の誘いも上手くかわしていた。

彼女をあしらい席を立った優斗の背中を一瞥し、私も紀村さんに頼まれたデータとともに席を立とうとする。


「役に立っていない人に、ふたつもデスクはいらないわ。そもそも、よくこの職場にいられるわね?厚かましいのよ、あなた。——北川くんに振られたくせに」

元来、目の敵である私が第1グループの案件に参加することが気に入らないのだろう。書類を抱えた私の進路を塞いだ彼女が耳元でそう囁いた。

一歩後退した私は苛立ちを露わにした彼女と対峙し、その目を真っ直ぐに見ながら微笑み返す。

「そうですね。ご忠告ありがとうございます」

鬼のような顔に変わった彼女の顔には忌々しいと書いてあるが、一礼してその場をあとにした。

賑わいを見せるフロアを出てひとり歩きながら、ふぅと重い溜め息をついた。その途端、バクバクと鼓動が速まっていく。

直接的な攻撃をかわしているようで、実際は精神的ダメージが大きい。上手くやり過ごせない自分にまた疲れてしまう。


あれからユリアさんとの共同生活は順調で、彼女は送り迎えの役も欠かさない。その優しさで毎日会社に足が向いているようなもの。

そして、優斗からは時間が空く度に連絡が入り、この状況をとても心配してくれている。

だからこそ、これくらいで負けられない。彼のほうが大変だと承知しているから、泣き言も言わない。

譲れないものを手放すほうが辛いし、二度と味わいたくもない。今度こそ一緒に戦い抜こう、優斗とそう誓っているから。

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