蜜愛フラストレーション
十一.ひとめにつく


「何よ、これ」

「物は試しです。これをプラスすると良いかな、と思いついたので」

冒頭の発言をした女性はこの場に現れるなり、目の前のテーブルに置かれた試作品に唖然としたようだ。

にっこり笑って返す私を、その紀村さんは煩わしげに一瞥。しかし、無言でひとつ手に取ると、スプーンを使って口に運んだ。

その瞬間、いつも落ち着き払った双眸を見開く。こちらに戻ってきた瞳には少々の悔しさを滲ませて。

「……悪くない。提案書書き換えといて」、そのひと言に私は笑顔で返事をした。


優斗と会えた次の日。私たちは大事な局面を明日に控え、その準備に追われていた。

和菓子と洋菓子を組み合わせようとすると、少しの分量変化で味が全く違ってしまう。

たくさんの材料を取り寄せ、ふたりで試行錯誤しながら、ついにバランスの良い状態に仕上がった。

これを明日、まずは課長や優斗たちに試食して貰う。そこで得た意見を元にさらなる改良を加え、最終的に上層部のゴーサインを頂いて正式に発売が決まる。

昨日の段階で仕上がっていたのに、私はそこにもうひと捻りしてみたくなった。

それは優斗からの電話を待ち続けた昨夜のこと。ぼんやりしていると、突如アイデアが降臨。それを急いで書き留め、早朝に出社した。

ちなみに彼からは、無事に終わったと真夜中に連絡が入り、心底ホッとした。とはいえ、問題解決はもう少し先だという。


なお出社後の私は、紀村さんにメールを入れて開発室に籠っていたので、まだフロアには足を踏み入れていない。

松木さんのことは非常にネックなのだが、逃げてもいられず。諦め半分、気合い半分で白衣を脱いだ。

その最中、「まだメール見てないでしょ?」と尋ねられたので苦い顔で頷く。

私の返答が分かっていたのだろう。紀村さんは平然とした顔でこう言った。

「明日の試食会。緊急で役員会があるから、ついでに役員方も試食するそうよ」

「はっ!?」

第一段階を素っ飛ばし、いきなり重役の判断を仰ぐ。気の重くなる事実を知り、嫌な汗が流れてきた。


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