放課後コイ綴り
「……あの頃。部室で、通路を挟んだ隣」
久しぶり、の一言もなく、ぽつりぽつりと雨だれのように言葉が落とされる。
何度も、何度も思い返したあの光景。
わたしの右側には彼がいて、インクで汚れていく左手と、風の匂い。
彼の言葉に背を優しく撫でられ、まぶたの裏に君との思い出が浮かび上がるよう。
「あの日々から、変わらないことがあるんだ」
それはいったいどんなことなのかな。
自分の都合のいいように解釈してしまいそうになる心をなだめつつも、やっぱり期待してしまう。
だけど内容はなんだっていい。
わたしは。
いいえ、あなたと同じだと願いをこめて、……〝わたしも〟。
どくどく。
心臓の響きが身体中に伝わる。
唇を薄く開いた。
「わたしも、変わっていないよ」
卒業式、高校生活最後の日。
部誌に隠していたわたしの〝すき〟に対する返事の〝おれも〟に気づいた時。
胸に灯った柔らかな光は、今でもずっと消えることはなかった。なかったんだよ。
彼が1歩、また1歩とゆっくり足を進める。
上等そうな靴がフロアに擦れて、高い音を立てた。
3年間、告げることのできなかった想いを、放課後のコイを、どうか。
どうか、……もう1度。
ここで綴って、したためて。