温もりを抱きしめて【完】

知らない顔

目が覚めると、いつもと違う景色が広がる。

重たい体を起こして辺りを見渡し、自分が西園寺邸に越してきた事を思い出す。

それと同時に数日前の出来事が頭を過ぎった。

小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝とは対照的に、私の心は曇っていく。

ここ数日、朝はこんな感じだ。



『俺はお前と婚約する気もなけりゃ、結婚する気もねぇよ』



そう言い捨てられてから、彼と話していない。

広い屋敷とはいえ、朝の時間や食事の時間が同じなら顔を合わす事くらいあるはずなのに。

私がこの屋敷で彼を見たのはあれが最後だった。

―――そう。

私は彼に避けられてるのだ。



『俺は認めてねぇぜ?所詮親が勝手に決めた結婚だ』


そういう彼の言い分が分からない事もない。

親の言いなりになって、敷かれたレールを歩くのが嫌なのだろう。

結婚相手は自分で決めたいって思うのが普通だし、ほとんどの人がそうして決めている。



私だって別に彼と結婚したい訳じゃない。

誰でもよかった。

居場所さえあれば、どこだっていいし。

たとえそこに愛がなくたって、構わない。




ただ逃げたかった。

1番愛されたいと願っていた両親から向けられる、あの冷たい瞳から。

逃げられるなら、どこでもよかった。



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