温もりを抱きしめて【完】
次の日の朝食後。

約束通りテニスをすることになった訳だけど、結果は散々というか…やっぱり私じゃ役不足すぎて大したラリーにならなかった。

結局打ち合いは止めて、要さんの特別指導が入り、初心者のテニス教室みたいになる始末。

それでも、汗をかいて動き回っていると爽やかな気持ちになって、少しは要さんも気分転換が出来たんじゃないかなと思う。

その証拠にパラソルの下で椅子に座りながらドリンクを飲む彼の横顔は、スッキリしたような顔をしていた。



「楽しかったですね」と私が呑気に笑っていうと、要さんは「あのなぁ…」と言って大きな溜息をついた。


「あの腕前でよく誘えたな」

「だって久しぶりにやりましたし…」


と引きつらせた笑顔を作って言い訳してみるけど、我ながら散々だったなと思う。


しばらくドリンクを飲みながら休んでいると、「なぁ…」と不意に要さんが声をかけてきた。

私は彼の方を向いて「何ですか?」と尋ねた。


「……そんなに落ち込んでるように見えたか」


静かな、要さんの声が響く。

彼の方を向くと、目の前のコートを見つめたままだった。


「、あの…えっと…」



どう返したらいいか答えに詰まる私に、要さんはフッと笑った。


「気を遣わせて悪かったな」


そして、私を見る。



「…いい気分転換になった」



そう言う要さんの表情は、彼女と一緒にいた時の、あの穏やかなそれに少し似ている気がした。


「なら、よかったです」


私の口元には思わず笑みが溢れた。

たとえ一時でも、要さんの気持ちが安らいだならそれでいい。


そんな時間が少しずつ増えるよう、今は彼に寄り添っていきたい。



< 129 / 171 >

この作品をシェア

pagetop