心の中を開く鍵
「……お前も、人のこと言えるか」

そっと頬に触れられて、息が苦しくなって深呼吸する。

だって……好きだったんだもん。

一緒にいたくても、どうしていいのかわからなくて、嫌われたくないから何も言えなくて。
一緒にいられないなら、離れてしまえば忘れられると思っていた。

「だって、知らなかった。翔梧は私より友達と一緒にいる方が、楽しいんだと思っていたんだも……」

まさか“私が楽しくなさそうだから”なんて、そんな理由で置いていかれていたなんて、思いもしなかった。

私なんていらないんだと思っていた。

私の居場所なんてないと思っていた。

だから、離れたのに……。

泣きじゃくる私を、翔梧は黙って見下ろして、それからゆっくりと目の前に跪く。

彼はそっと左手を取ると、その指先に唇を寄せた。

それを見つめて、カァッと身体中が熱くなる。

「しょ……っ」

「月葉は……さすがにお前と会う時にはつけてない。お前もよく覚えていたな」

指先を見つめたまま、翔梧は低い声で囁いて、その唇が弧を描く。

「……当たり前じゃない」

一生懸命選んだ香水だもん。
喜んでもらいたくて、たくさんの中から、やっと選んだプレゼントだもん。

「真由?」

「……何よ」

指先で涙を払って、顔を上げた彼を睨んだ。

「俺は今でもお前が好きだ」

とても真っ直ぐな視線に、どこか呆気にとられて肩の力を抜いた。

普通、睨んでいる女に告白する?

でも……私も、人のことは言えないか……。

こんな翔梧でも、私は忘れられないくらい、今でも好きみたい。

「残業もあるし、仕事の付き合いで遅くなることもあるし、デートをまたキャンセルすることもあるかもしれないけど……砂川さんに呼ばれたら、俺はあの人には頭上がらないし」

いきなり前提と言い訳をブツブツ呟いている翔梧にぱちくりとする。

「……それは、嫉妬の対象にならないんじゃないかな?」

「え。お前、嫉妬したの?」

目が点になった彼に、つい皮肉っぽく目を細めて笑ってみせる。

「したの。私が一番嫌だったのは、飲み会で翔梧が楽しい人だったって“他の女の子”に聞くことだったし」

中には優越感丸出しの子もいたし、それを見るたびに醜く嫉妬する自分が嫌だったの。

思えば私も自分勝手だけど。
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