鉢植右から3番目

 ご新規さんが来るまでは、お店の空気は冷えたままだった。私に不用意な発言をしてもう2度とこの店にこれなくなったおっちゃんは、あの後すぐに退散し、やっと店の雰囲気が戻ったのだった。

 大将には申し訳なかったけど、私は謝らなかった。誰も触れないのをいいことに、そのままで時間まで働き、お疲れ様ですと愛想を振って返って来た。

 そして、夜の12時半。夜に仕事が多いから午前3時までなら電話も出れると言っていた漆原大地に電話をかける。

『・・・はい』

 覇気のない声が出た。私は一呼吸おいて、言葉を出す。

「話、私ものるわ。どうしたらいい?」

 しばらく間があって、全く声色も変えずに相手は淡々と二日後を指定した。

 そして、母親達が神の啓示を聞いた3日後の夕方、その娘と息子は結婚届けを最寄の市役所に、実にやる気のない態度で提出した。

 役所の人が、おめでとうございます、と言ってくださるのにも、二人ともにこりともしなかった。

 だって、別にめでたくないもんよ。

 そのまま喫茶店に移動して、細かいことを決めた。

 と言っても私が予め箇条書きにしてきたそれを、ヤツが確認しただけだったけど。

 新婚である私達の部屋は、何と二人の母親が用意した。正社員であるヤツの会社に近く、私も今のバイト先に通いやすいところで、2DKの小奇麗なアパートだった。

 その部屋の下見に行ったとき(つってももう契約済みだったんだけど)、部屋が二つあって胸を撫で下ろした。

 文字通りに形だけの夫婦であることなど、浮かれた母親達は知らない。

 だが私達には個人の部屋が必要なのだ。


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