すきとおるし



 墓地を出て炎天下、ゆんと並んで歩いた。本当は一花さんからもらったお金でタクシーを呼ぶはずだったけれど、そんなやり取りもないまま、黙って歩き出したのだ。
「帰りも夜行バス?」
 しばらく歩いた所で、ゆんが切り出した。
「ううん、新幹線で明日帰る。去年も一昨年も忙しなく帰ったから、今年は二泊していこうと思って」
「じゃあ今夜も一人寂しくメシ食って、ひとり寂しく寝るのか」
「別にいいもん。どうせ今日は一人でお墓参りの予定だったし」
「来年は?」
「え?」
「来年は四人で来れるといいな」
 来れるだろうか。来年は、四人で。また来年も今回と同じようなやり取りがあって結局一人で、なんて様子が目に浮かぶ。
「来年は早いうちから有給申請出しておくから」
「期待せずに待っとく」
 言うとゆんはわたしの腕を思いっきり叩いて「可愛くねえなあ」と笑った。
 全てが元通り、とは言えない。あの頃に戻ることなんて不可能だ。でもゆんとまたこういうやり取りができるようになったのは大きい。この空気がなにより心地良い。
「ねえ、ゆん」
「うん?」
「好きな相手を、誘ってみようと思う」
「お。ようやくか」
「うん、いけるか分からないけど」
「いいんじゃねえの。口が悪くて我の強い揚げ足女でも、それが良いっていう希少種もいるだろ」
 やっぱりひどい言われ様だ。でも当たっているから腹がたつ。ゆんだって口が悪いデリカシーなし男だ。連絡無精だし、遠距離恋愛には向いていない。
 それでもわたしは、この男が好きだ。
「ゆん」
「なんだよ」
「一人でごはん食べるの寂しいから、一緒に食べよう」
「いいけど、俺いま夏バテしてるからさっぱりした……」
 そこまで言って言葉を切り、立ち止まってわたしを見下ろす。どうやらその意味に気付いたらしい。その唖然とした表情が可笑しくって、ふっと息を吐き出す。わたしの好きな相手が喧嘩ばかりしていた自分だなんて、想像すらしていなかったみたいだ。わたしだって同じ。まさか花織が、わたしなんかを好きでいてくれたなんて思わなかった。
 ねえ、花織。恋って難しいね。好きな相手が自分を好きになってくれるとは限らないし、万が一付き合えたとしてもそこに未来があるとも限らない。でも最後に心残りがないよう、ちゃんと伝えるべきなんだと思う。
「イチ」
「なに?」
「おまえ年末年始どうしてる?」
「はあ?」
「年末年始、休みか?」
「休みだけど……」
「一人寂しく、餅食ってごろごろする?」
「はいはい、どうせ一人で寂しくお餅食ってごろごろします」
「孤独な二十七歳」
「うるさい、実家には帰るよ」
「でも孤独な二十七歳」
「ゆん、しつこい」
「なら遊びに行くか。年末年始そっち行くから」
「こっち来るの? 仕事?」
「仕事っていうか」
「いいよー、遊ぼうよ。でも年末年始に行く場所なんて限られちゃうよ」
 へらへらしながら頷いたのに、ゆんはまた唖然としてしまって、あれ、変なこと言ったかなと不安になった。案の定ゆんは深い深いため息をついて黒のネクタイを緩める。
「おまえさあ、俺がなんで花織にあんなこと言ったか気付いてないの?」
「わたしはやめとけって? でも本当のことじゃない。わたしみたいな女とじゃ、花織が大変なだけ」
「それもあるけど、そうじゃねえだろ」
「んん?」
「もういいよおまえ。行くぞ」
 歩き出したゆんの背中を見つめながら、その言葉の意味を考えた。
 自分の良いように解釈するのは簡単だ。ゆんも同じ気持ちでいてくれるなんて。そんな都合の良い話……。
「ゆん」
「なんだよ、早く来い」
 数メートル先で立ち止まり振り返ったゆんは、心底面倒臭そうに、それでもこちらに真っ直ぐ右手を差し出す。その手を掴むために一歩二歩と歩を進める。握ったその手はやっぱり汗でびしょ濡れだったけれど、その温かさこそが、生きている証。
 透き通っていた生に、死に、鮮やかな色がついて、止まっていた時間がようやく動き出したような気がした。
 そしてわたしは。
「優輔くん」
 初めてゆんの名を呼んだ。



                                 (了)
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