Change the voice
ノックもそこそこに、ガラリと応接室の引戸を開ける。


「すんませんッ!遅くなりました!桐原し―――」


勢い良く下げた頭を上げ切る前に、耳に飛び込んできたのは


「きゃああぁぁあ♪」


という女性の黄色い歓声だった。


意表を付かれた表情で顔を上げると、花柄のワンピースを身に纏った小柄な女性が駆け寄ってくる。

後ろではマネージャーの篠田さんが苦い顔をして立っていた。


「桐原周也さんですよね?!いや〜ん♪お会い出来て嬉しいです!御厨(みくりや)みくるです♪はじめまして!」


言いながら、あっという間に俺の右手を取ると、ぶんぶんと握手する腕を揺らした。

大人しそうな見た目とは裏腹に、随分積極的な原作者さんのようだ。


御厨さんは尚も続ける。



「私、『過春』の大ファンで、特に本×宮推しで、自分で薄い本も出しちゃったりして、だからもう自分の作品で、嵯峨さんと桐原さんに演ってもらえるなんて、もう本当に、本ッ当〜〜〜にっ!嬉しいですーー!!」

「あ……は、はぁ、ありがとう、ございます」


勢いに気圧されて、お礼を言うのが精一杯でいると、編集者と思しき、ベリーショートの女性が間に割って入って名刺を差し出してきた。


「はじめまして。ご挨拶が遅れましたが、私、端河書店パラレル編集部の小早川と申します。ご覧の通り、先生は桐原さんと嵯峨さんの大ファンでして―――」



言いながら、困ったように眉根を寄せるのが少し可笑しかった。


嵯峨さん―――と言うのは、『過ぎた春に君を想へば』で主人公の宮野つばさ役を演じた、18禁ネーム“文句タラ夫”こと、嵯峨千秋(さが・ちあき)さんのことだ。


嵯峨さんは自分よりだいぶ先輩に当たるが、一風変わった業界の問題児と名高い。

まだ、声優のフリーランス化がそこまで認められていない時代に、大手事務所との契約を一方的に打ち切って、のちに嵯峨さん自身が社長を務める“春夏(しゅんか)”という事務所を立ち上げたという経歴の持ち主だ。

歯に衣着せぬ物言いをすることでも有名で、視聴者からの評価は二分されることが多いが、嵯峨さんだけが持つ、透明感あるエロチックボイスは他に変え難く、特にBLドラマCDには欠かせない役者となっている。
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