まさかの婚活
まさかの居候 1

 あぁ、さわやかな朝。

 ……のはずが。

 まったく冗談じゃないわよ。なんでこの私が命の次に大事なスマホを忘れるのよ。

 あいつだ。あの居候、勝手に人のアラーム切って私のスマホどこやったのよ?

 だいたい公衆電話、探してもありゃしない。駅にすらない。改札抜けて駅を出て、やっと見付けた公衆電話。

 テレカ? なんて今時、持ってないわよ。小学生まで携帯持ってる世の中で百円玉探して自分のスマホに電話するなんて。番号、誕生日にしておいて良かった。

 早く出なさいよ。また寝てるんじゃないでしょうね? まったくイライラする。

「は~い。碧(みどり)?」寝ぼけた声。

「蓮(れん)? 寝てたの? すぐ、その私のスマホ持って会社まで来て。分かったの? ちゃんと着替えて来てよ。恥かかせないでよ」

「う~ん。分かったよ」

 この居候、江崎 蓮( えざき れん ) 二十八歳。カリスマ美容師だった。
 つい半年前までは。

 なんでも上得意様のマダムのご機嫌を損ねて……。

 ホスト代わりに連れ歩くマダムにも非はあるでしょう? と言いたくなるけれど……。お陰で美容院買い上げの青山のマンション追い出されて家に転がり込んだって訳。

 はぁ……迷惑。何で家なのよ? 他にいくらでも行く所くらいあるでしょうに。

 それから他店に面接に行くも、例のマダム、大物政治家の奥様らしく誰も敵にはまわしたくないという店舗ばかりで再就職は至難の技。

 もういっそのこと田舎のおばちゃん相手の美容院にでも使ってもらったら? きっとファンが増えて大人気美容室になると思うけど。という私の思惑なんか無視して、ずっと家に居る。

 帰ると食事の支度から掃除、洗濯まで完璧にこなして主夫にでもなる気?

 お断りですからね。まったく何で私が安月給で、あんたを食べさせてあげなきゃいけないのよ。毎月かなりの額もらってたはずでしょう? 貯金くらいしろ!!

 美容雑誌の編集者クラスで男なんて養える訳ないのに。

 取材で初めて会って意気投合して朝まで飲んで、気が付いたら私のマンションで隣に寝てた。

 でも信じないでしょうけど私たちには何も無い。男性美容師には結構二丁目で働けそうな人が多い。彼がそうなのかどうか、いまだに分からないけれど……。

 半年間一緒のベッドで眠ってるけど何も無い。そうならそうで安心だし、まぁいっかって気分でいる。

 何やってるんだろう私。二十七歳にもなって自分でも呆れるわ。



 会社に着いてデスクで仕事してても集中出来ない。

 あいつ、どんな格好で現れるのか?
 家の中では、ジャージ上下。まぁ私も人のことを言えるような格好してないけど。自分の家の中くらい楽な格好でいいでしょう? 

 普段スーツで気難しい作家さまのご機嫌とってるんだから。出来れば裸で居たいくらいだけど、あいつが居るから、そうもいかない。

 そもそも何で家に居るのか、理由が分からない。

 料理の腕は抜群でマジで美味しい。世の男性方が料理上手な奥さまから離れられないのと同じか? 

 う~ん。でも食費として少しは渡しているけれど、あの料理があの金額で、はたして出来るのか? 料理オンチの私には分からない。

 あいつ、しっかり貯金してたのか? 

 でもだったら、どこでも好きなところへ行けばいいという答えにぶちあたる。行くところがないから家に居る。その方が結論としては納得出来る。

 恋人でもなんでもない私の狭いマンションに居る必要はない。考えれば考えるほど分からなくなってくる。なんて、ぐだぐだ思ってたら受付から電話が……。

「面会の方がいらしてますが。お名前は江崎さま」

「分かりました。すぐ行きます」
 電話を切って慌てて一階の受付まで走った。走りながら何で走ってるのか、よく分からなかったけど……。

 美しい受付嬢が
「あちらで、お待ちです」
 と白魚のようなきれいな指五本を向けた方向には……。

 ビシッとスーツでキメた、あいつ?

 スーツなんて家に置いてあったっけ? しかも、いかにもサラリーマンって感じじゃなくて、お高そうなブランド物の。でも派手過ぎず、どこかのお坊ちゃま? という上品さ。笑顔まで家に居る時とは、まるで別人。呆気にとられている私に

「牧様ですか? スマホをお持ちしました。初めまして。先程は失礼致しました」

「あっ、いえ、あの、わざわざ届けてくださって、本当にありがとうございました。助かりました」

「では私はこれで失礼致します。仕事がありますので」
 と言い残し去ろうとしていた。

 受付嬢が興味深そうに見ている。仕方ない。

「あのう、ご連絡先を教えていただけますか? ぜひ、お礼をさせていただきたいので」
 と言いながらムカツク。

「失礼かと思いましたが、あなたの番号ひかえさせてもらいました。私の方から連絡させていただきます。それでは急ぎますので」

 家では見せたことの無いような、さわやかな笑顔で立ち去った。

 帰ったら、ただじゃおかない。怒りマックス振り切れてる。


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