まさかの婚活
まさかの結婚 2

 次の日曜日。蓮と私は新幹線で仙台に向かった。両親に結婚を認めてもらうために。仙台駅からタクシーに乗って私の実家に着いた。

 蓮は玄関で丁寧に挨拶をして、二人で私の実家の和室に並んで座って居る。

 父は
「碧から、だいたいの話は聞きました。でも本当に、この子でいいんでしょうか? 江崎家の息子さんなら他にいくらでも……」

 母も
「私たちは二人とも教師をしております。仕事が忙しくて、あまりかまってやれませんでした。そろそろ料理のひとつも習わせようと思っていた矢先、大学は東京へ行くと言い出しまして。花嫁修業のひとつもさせてやれませんでした。何の取り得もない娘ですが、気立てだけは良い子です」

 蓮は
「それで充分です。家の事をしてもらう為に碧さんと結婚したいと思った訳ではありませんから」

「それでも、お宅と家とでは……あまりにも……」
 と言う父に。

「僕は美容学校で技術を教える講師です。碧さんは、一講師である僕個人と結婚するんです。母の学園と結婚する訳でも、会社と結婚する訳でもありません。碧さんは僕が必ず幸せにします。お許しいただけませんか?」

 両親は蓮の、その言葉に安心して、やっと結婚を許してくれた。

 それから母の手料理を食べながら、お酒も少し飲んだ。初めて四人で囲む食卓。

「碧のこと、よろしくお願いします」
 父は何度も頭を下げていた。

「碧さえ幸せになってくれたら私たちはそれでいいのよ」
 母がそう言ってくれた。

 一人娘の幸せだけを願ってくれている両親に心の中で手を合わせていた。

 そして最終の新幹線で蓮と二人、東京に戻った。



 その次の週には蓮のご両親とお兄さまと一緒にお食事をした。

 こんな高級レストラン入ったことない。私は緊張していた。

 蓮は
「大丈夫だよ。僕が居るんだから」

 フランス料理のフルコースをいただきながら……。

 好意的に話しかけてくださる蓮のお父さまとお兄さま。

 それとは対照的に笑顔すらないお母さま……。

 どうすれば気に入っていただけるのか……。どう考えても私には自信など欠片もなかった。

 お兄さまが
「碧さんは美容雑誌の編集の仕事をしているんだよね」

「はい。私の担当は連載小説なんですけど」

 すると、あのお母さまが
「えっ? 連載小説? もしかして可知省吾先生の」

「はい。そうです」
 と言うと

「私、昔から可知省吾先生の大ファンなのよ」
 と笑顔に。

 それから思わぬところで話が弾んで……。



 蓮との出会いの機会を作ってくれた取材。青山の人気美容室で若きカリスマヘアアーチストだった蓮。

 蓮のインタビュー記事を読んでくださったお母さまは

「この雑誌でも可知省吾先生の小説を連載してるのね」

 それから、お母さま、欠かさず読んでくださっていたらしい。ここにも六十代の可知先生のファンが居てくださった。

 連載小説担当で良かった。可知先生に心から感謝した。

 そうだ。次の編集会議で新しい連載を提案してみよう。美容家 江崎啓子先生と小説家 可知省吾先生の対談……。

 我ながら良い企画だと思う。編集長も快諾するだろう。何よりも、お母さまの喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。



 そして編集会議で私の企画が通って対談が決まった。
 お忙しいお二人のスケジュール合わせが心配だったけれど……。

 可知先生は最初、あまり乗り気ではなかったけれど、江崎啓子先生が可知先生の大ファンだと話したら、ようやく承諾をしてくださった。


 そして江崎啓子先生……。

 私はアポイントを取って蓮のお母さまと会う約束を取り付けた。場所は例の中世ヨーロッパの校長室。

「実は江崎啓子先生に対談をお願いしたくて伺いました」と言うと

「あなたのところの美容雑誌で対談を?」

「はい。可知省吾先生との対談を企画しました。お願い出来ないでしょうか?」

「まぁ、可知省吾先生と私が対談を?」

「はい」

「分かりました。ぜひやらせていただくわ」
 お母さまが快諾してくださった。
「碧さん、ありがとう」

 お母さまが初めて私を名前で呼んでくださった。嬉しかった。


 そしてお二人の対談が実現した。連載は評判も良く回を重ねるごとに販売部数も着実に伸びていった。 


 しかし全てが順風満帆という訳ではなかった。

 結婚式と披露宴……。

 蓮とお母さまは考え方がまるで違っていた。有名なホテルの一番豪華な部屋で招待客は数千人というお母さま。

 蓮は
「僕を直接知らない母さんの仕事関係の招待客なんて必要ない。来てくださるのも、きっと迷惑だよ。来ていただいても挨拶すら出来ない。式は海外で碧と二人だけで挙げるから。披露宴はしない。僕と碧の親しい友人たちを小さなレストランを借り切って招くつもりだ。心のこもった楽しいパーティーにするから。それで充分だよ」

「そうなのかもしれないわね。蓮の言うことが正しいのかもしれない……」

 最初は大反対していたお母さまも何とか認めてくださった。なんだかんだ言っても息子には甘いらしい。大事な大事な末っ子なんだ。



 それから一ヵ月後、蓮はマンションを買った。

 私の狭いマンションなんかとは比べ物にもならないくらい、お洒落な造りの部屋たち。リビングもキッチンも余裕の広さ。ベッドルームとそれぞれの仕事用の部屋もある。

 引っ越しも済ませて蓮との新しい生活が始まっていた。

 愛される悦びも愛する幸せも私にとっては初めての経験。

 仕事も続けることにした。入籍も既に済ませ、私は牧 碧 から、江崎 碧 に変わっていた。仕事上は牧 碧 のままで居るつもりだけれど……。


 九月には二人だけでハワイで挙式。新婚旅行も兼ねて七日間、楽しんで来る予定。

 家事は私が洗濯担当。料理は、もちろん蓮の役目。掃除は出来る方がする。お休みの日には仲良く二人で。こんな生活があってもいいよね。二人が幸せなら、それが全てだから。


 蓮の学園は夜間部はないから帰りは私より早い。仕事帰りに買い物を済ませ美味しい食事を作って待って居てくれる。

 私は相変らず可知先生のお宅に原稿の進み具合を見に寄って。もちろん舟和の芋羊羹は忘れずに。

 原稿の上がりを待つ間、サヨおばあちゃんのお料理教室。美味しい煮物の作り方を教えてもらっている。

 私だって、たまには蓮に美味しい物を食べさせてあげたいと思う。料理オンチの私にもエプロン付けて可愛い奥さんになりたい願望はある。あくまで願望だけど……。


 きょうも疲れて帰ると玄関のカギを開けて

「ただいま」
 窮屈なパンプスを脱ぐ。

「あっ、碧、おかえり。今夜はカレーだよ。美味しく出来たから早く着替えておいでよ」

 私のマンションに居候してた頃と、あまり変わらない様な気が……。


 でも変わったのは……。

 狭いベッドで背中合わせに別々の毛布を掛けて眠っていたのが、今は二人でも広過ぎるキングサイズのベッドで蓮に抱きしめられて眠ること。


 蓮の笑顔と私を包み込んでくれる、ちょっぴり華奢な腕。

 女性を最高に美しく変身させてくれる魔法の腕の中……。



     ~ 完 ~


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