そこにアルのに見えないモノ


「痛ッ、イタタッ」

え?
私を掴んでいた腕を取ると、あっという間に捻りあげてしまった。

「お父さん、申し訳ない。彼女は僕と待ち合わせなんです。行こうか」

「え?」

突然現れたその人は、今度は私の手を取ると走り出した。
狭い路地を何本も通り抜け、振り向かずに走り続けた。
もう、…ついて行くだけで必死だった。


「はぁ、この辺までくれば大丈夫かな?明るいし。あのおじさんに跡をつけられる事もないだろう」

よく見たら、アパートはもうすぐのところまでになっていた。
私は息があがってゼイゼイ言っていた。

「じゃあ」

居なくなってしまった。

「あっ」

すぐに声も出ず、お礼も言えないままだ…。
やっと絞りだし、『私、Baronに居ます』とそれだけ叫んだつもりだった。

「…し、もしもしっ!カオルちゃん?カオルちゃん!おい!大丈夫なのか…カオルちゃん…」

いけない。

「も、もしもし、総一郎さん。だ、大丈夫です。ごめんなさい。酔った人に絡まれたんですけど…助かりました…だ、大丈夫です」

「なに?!はぁ…。本当に?本当に大丈夫なんだな?」

「はい、大丈夫です。本当すいません」

「電話繋がってるのに何も話さないし、何だかガサガサした音しか聞こえてこないし、心配したぞ。近く見ても見当たらないし」

「ごめんなさい。通りすがりの人が助けてくれました。もう、アパートの近くまで帰っているので本当に大丈夫です」

「そうか、それなら大丈夫そうだな。つけられてはないんだな?
油断しないで早く部屋に入るんだぞ?一応、後ろ確かめて、気をつけるんだぞ?
じゃあ、部屋入ったらワンギリしてくれ、いいな?」

「はい。ご心配をおかけしました。今度こそ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」
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