落ちてきた天使
「…ご馳走様でした」



逃げるようにそそくさと食器を持って立ち上がり、キッチンに逃げ込む。



「本当に美味しかったです。ありがとうございました」



精一杯平然を装って、つい早口になってしまったけど、何とか笑顔を作ってこれ以上踏み込まれないように壁を作ったつもりだ。


そんな痛いげな私を、何か言いたそうな目で追う松永皐月。


そんな目で見ないでほしい。
次その瞳に捉われたら、私は今の自分を保てなくなってしまうから。



「料理好きなんですね。こんなに沢山調味料揃ってるし」



男が口を挟む暇を与えないように、必死で言葉を紡ぎ出す。


脈絡なんてありゃしない。
内容だってこの上なくどうだっていいことばかりだ。


だけど、そんなことは何の問題でもない。
今の私の頭の中はこの場をどう乗り切るか、ただそれだけ。



この人といたら駄目になる。

早々にここから出て行こう。
野宿でもここにいるよりかはずっと良い。


動悸が激しくなった心臓を落ち着かせようと、軽く酸素を体内に取り入れてキッチンから出ようとした時。


松永皐月はそれを許してはくれなかった。


いつの間にかすぐ近くまで来ていた男は、私の手をパシッと掴むと無理矢理自分の方に振り向かせた。



「な、何すーーー」



食事の時の優しい瞳とは違う。
獣のように強く鋭い眼光を放つ松永皐月に、思わず言葉を飲んだ。


電流が身体中を駆け巡る。

金縛りにあってるみたいに身体が動かない。
こんなの、生まれて初めてだった。



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