好きだと言ってほしいから
「え?」

「麻衣は、俺のどこを好きになってくれたの?」

 私は固まった。まさか私に質問が振られるとは思わなかった。やっと落ち着いてきた呼吸を整え、目をしばたたかせる。

 逢坂さんは優しい瞳で、それでも真っ直ぐに私を見つめていた。まったく逸らされないその視線に、彼が質問の答えを待っていることが分かる。

 逢坂さんの好きなところなんて、それこそありすぎて答えられない。彼の艶やかなダークブラウンの髪、意思の強そうな眉、曇りのない瞳。いつも優しい弧を描いている唇から滑り出す心に響く低い声。それに、私とは違う大きな手。綺麗な長い指。彼のものは全部好き。

 だけどもっと好きなのは、いつも他人を思いやれる優しい心。自分の意見をしっかり持っているのにそれを他人に押し付けないところ。周りに溶け込んでさりげなく仲間の中心になれるところ。場の雰囲気を和やかにできるところ。数えだしたらきりがないけど、私は彼の全部が好きなのだ。だからどこが好きかと聞かれても、そんなに簡単には答えられない。

 逢坂さんが微笑んだ。でも、眉尻を下げてどこか無理をした笑み。
 私はこんなに彼のことが好きだけど、彼は聞かれた質問を私に振った。困る質問をされたから私に振ったのだろうか。

 私も微笑む。胸にキリキリと穴が開いていくみたい。“嫌い”と言われてはいないけれど、やっぱり彼は“好き”だとは言ってくれない。
 逢坂さん、あなたに「好き」と言ってもらうのは、もう無理なのでしょうか?
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