今治
プロローグ





JR予讃線の特急しおかぜという電車がある。




壬生川駅から今治駅までは、東京で言うところの、駒込駅から四谷駅までの時間しかかからないにも関わらず、電車は、一時間に平均で二本ほどしか来ない。つまり、電車の時刻表を調べないで駅へ向かうと、あそこにいる紺色のパーカーを羽織って、紙袋を持ち、ポッケに手を入れながら足踏みをしている若者、幸田 慎平(こうだ しんぺい)のようになる。




雪がほとんど降らないことを知っていた慎平は、東京よりも愛媛は暖かいと思っていたが、冬は冬だ。冬に半袖で過ごせるような街は、残念ながら日本にはない。そして、慎平は、ホームの喫煙所で煙草を吸いながら、後悔していた。薄着で来てしまったこと、電車の時刻表を見ていればよかったこと、そして、田舎を、愛媛を完全になめていたことを。




足踏みを、おそらく200歩くらいしたところで、電車は、来たが、その電車を見て、驚いた。車内は、明るく、座席が新幹線のようにゆったりとしていて、おまけに電車の外装には、「アンパンマン」が描かれている。おっと、公衆電話まである。




電車が定刻で動き出すことは、ほとんどない。これは、東京でもわかっていたことだが、このしおかぜ2号もそうだった。慎平が座席について、5分も経っているが、アンパンマンは動く気配がない。




あまりにも遅い。




慎平は、チラッと通路を挟んで隣に座っている60歳くらいの老婆を見た。肩にかけていた風呂敷を座席についている机の上に置き、広げている。肩に背負っている姿は見たことがあったが、はっきり言って、中に何が入っているのかわからない。慎平の興味は、電車がいつ動き出すかということから、老婆の風呂敷の中身に変わっていた。




みかんだった。さすが、愛媛県民である。




いや、風呂敷の中身がその県の特産物とは、言い切れない。もし、そうなら、沖縄県民は、チャンプルー、大阪府民は、たこ焼き、石川県民は____兼六園だろうか。





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