あのことわたし
あ、あのね、そろそろ髪延びたから。
「うん」
髪切ろっかな、なんて思ってるの。
「うん」
どう?
「うん」
ねえ。
「うん」
ねーえ。
「うん」
聞いてるの?
「うん」
_____聞いてないじゃない。
非難の視線をやっても、神田君の顔は本から一向に動く気配をみせない。
なんだ。わたし、いらないんじゃん。
すっかりやさぐれたわたしは、イスから立ち上がろうとする。
突然、右腕をつかまれた。
すばやく横に顔を向けると、神田君が右腕をつかんでいる。
おどろきで体が固まった。
「まだいかないで。君が横にいないと、読めないんだ」
低くかすれた声がわたしの頬にふれたような錯覚がして、顔が熱くなる。
熱に浮かされたようにわたしは、神田君の言う通りに席に戻った。
神田君の手から伝わった、生き物のようなその熱の感触が忘れられない。
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