オフィス・ラブ #3
目の毒だから、さっさと服を着てほしい。

そう思ったのは伝わらず、奥まったキッチンスペースに入ってくると、後ろから私を抱きしめて、首筋に唇を押しあてた。

さらりと乾いた熱い肌と、せっけんの香りが、私を包む。


濃いめがいい、と言いながら、ウエストに手を差し入れてくる。

私はスプーンを持った手で、裸の胸にひじ鉄砲をくらわせた。

昨日寝ちゃったのは、どっちだ。

今度は伝わったらしく、素直に身体を離した新庄さんが、楽しそうに笑う。



「そう怒るな」

「服、着てください」



多めの豆を挽いて、タンクに水をそそぎながらそう言うと。

はいはい、と綺麗な背中が寝室に消えた。





新庄さんが出ていってしまうと、急に居心地が悪くなった。


慣れない間取り、なじめない家具。

煙草と香水の香りが薄れたら、また、あの知らない家の匂いを感じてしまうだろう。


ざっと掃除をして、シャワーを借りて、外に出ることにした。







近所に複合スーパーがあるらしいので、そこが開いたら、買い物に行こう、と考える。


これまで、私の部屋に来た新庄さんに、料理をすることはあったけれど。

横浜の部屋に、用具を持ちこむことはしなかった。


新庄さんは、好きに持ちこんでいいと言ってくれていたけれど。

なんとなく、あそこのライフスタイルを、そこまで崩すのは、はばかられて。


だけどこの部屋なら。

いかにも一時的な住みかという感じのこの部屋なら。

多少、私が手を加えても、許される気がした。



駅のほうへ向かって、クリーニング屋を探す。

昼間のうちに、何かしておくことはないか尋ねたら、おつかいを頼まれたのだ。

いかにも土着な、アットホームな雰囲気のクリーニング屋さんに、ワイシャツ数枚を出して、受けとりを待つ。

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