月はもう沈んでいる。
よっ、と残りの階段をすっ飛ばして着地した陽に「電気も点いてないのによくやるな」と声をかける。
「夜目には慣れてるもーん」
……取り立てるほどのことでも、ないのか?
何が言いたかったのか拾えないまま一段ずつ降りていた俺は廊下に出て、その明るさに少なからず驚いた。
再び見てと言われることはないけれど、先を行く陽が見上げているものは雲に隠れていた月だと分かる。
「……俺じゃねえっての」
「なんて?」
「ラストは俺らのクラスだろ」
「お? 当ったりー! なんだかんだ、いちばん多く過ごした場所だからなーっ」
ガラリと空いたドアに俺たちは驚くことも笑うこともなくなって、教室へ踏み込むと、陽はさっそく黒板上に謎の生物を生み出していた。
真ん中の机に腰かけた俺は、ときたま投げられる話に相槌を打つ。
そのうち陽は俺と向き合うように机のへりに座って他愛ない話を続けた。
話しても話してもなくならない話題こそ、俺と陽が10年いっしょにいた証のような気がした。
ただふたりきり。
上級生も下級生もいるにはいたけれど、生徒が少なくほとんどが合同授業だったし、行事も町内会合同で大人が交じっていたくらいだったから、余計に陽と組ませられることが多かった。
何度季節が変わっても絶対となりの席。運動会では二人三脚。美術の時間に描くのは互いの似顔絵ばかり。学級委員長と副委員長の座は欲しくなくても与えられた。
最初こそ戸惑っていたものの、俺と組まされるたびどこか嬉しそうな陽に、〝ここではこれが普通〟なのだと徐々に染まっていった。
なんだかもう当たり前になりすぎて忘れてしまっていた、はずかしいの気持ち。
男女という意識さえ抜けたまま中学に上がり、思い出したはずかしいの気持ち。