さくらのこえ

 穏やかな日々の中で、和春は紫に頼み、父の持つ別荘の修理をさせていた。そこへ春姫を移し、中将と再会させる為だった。

「別荘の様子はどうだ」
「あと七日ほどで終わりそうです」
「分かった。仕事が早くて助かる。紫にまかせて良かったよ」
「ありがとうございます。ただ、別荘の周辺が人の行き交いが多いので、注意した方がよろしいかと」
「そうか……昼間の移動は避けた方がよさそうだな」

 冬の寒さも和らいできた頃のことだった。和春に抱きかかえられ、春姫は車に乗る。夜の移動の為、周りに気付かれないようにできるだけ静かに別荘へと向かう。

「寒くはないか」

 その問いかけに春姫は首を振って答える。和春の腕の中で、春姫は彼の優しさに甘えていた。
 あの日から、自分へ真っ直ぐな心を向ける和春に次第に惹かれていた。過去の出来事を聞いても尚、変わらない愛をくれる和春に。

「これから向かうところは都から少し離れてしまうが穏やかでいいところだ。しばらくは……毎日会うことが出来なくなってしまうが、毎日便りを寄越そうと思っている。だから春姫も、出来ればでいいから……手紙を送ってほしい」

 そんな小さな願いに、春姫は応えるように和春の手を握る。暗闇でお互いの顔はほとんど見えなかったが、そこに確かな愛情が存在していた。
 しばらく車に揺られ、やがて一つの邸の前で止まる。行きと同じように、和春は春姫を抱きかかえ邸へと入っていく。

「今夜はここへ泊まっていく。紫、仕度を頼む」
「かしこまりました」

 廊下を進んでいると、どこからか桜の花びらが舞い落ちてきた。

「この邸には桜の木が植えられているんだ。ほら、あそこ」

 和春の視線を追い春姫が顔を向けると、そこには立派な桜の木が立っていた。今が咲き誇る最盛期と言わんばかりの美しさだった。
 春姫の目はその桜に奪われたまま、和春に運ばれる。

「気に入ったか?」

 春姫の反応に和春は楽しそうに笑う。離れることは惜しいが、ここへ連れてきて良かったと和春は思った。しばらく立ち止まり、その桜を静かに眺める。

「和春様、寝所の用意が出来ました」

 紫が現れ、そう告げる。二人は桜を惜しみつつ、寝所へ向かった。


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