元通りになんてできない


「本来の狸親父という意味とは違う意味で言ってたんですね、タヌキって…、部長は悪賢くないから…。
部長は一人一人をちゃんと見ている。そして一人一人の事情に併せて楯になって守ってくれる」

「そのくらいは部長の仕事だ」

私は続けた。

「…本当は寂しい人だという事も。残念ながら婚姻相手との間に子供は授からなかったけど、部長は子供が好きなんですよね。私のお腹に手を当てて、愛おしい顔をしていた」

「俺は子供を望んだが、相手はそれを望まなかった。俺は、俺の子供が欲しかったんだけど…。
子育てとか、それ以前の事だな。家事があまり好きな人じゃなかったんだ。それでも、いいと思って結婚したつもりだったのに、…駄目だった。俺も悪いんだ。それでいいと言ったのに堪えられなくなったんだから。…いいと決めたら責任だよな…一生。
見た目に、外見に惚れたんだよな…。多分それだけだったんだろう」

「…安心するんです。部長と居ると。大きくて深い海に居るような…。
でも、それだけじゃないんです。
好きだと思わない時からドキドキするんです。
あー、解りません、今となっては、やはりどこか好きだったからドキドキしていたのかも知れません。男らしさ…、部長が私を女だと見てくれたように、私も部長を男として見ていたのかも知れません。逞しさだとか、潔さだとか、それと…」

「誉め過ぎだ、鷹山。…俺は欲しいモノを手に入れたかった子供だよ。ずるいから、大人の振りをしただけだ…、姑息な奴だ。狸親父だよ」

私は首を振る。

「形に出来ないモノをちゃんと頂きました。表現は形の無い言葉だとしても、残っています。
感じました、温かさを。この腕の中で。…思いを言葉にする、口に出すって、やはり大事なんです…。言わなくても解ってるだろ?では、幸せも…ずっと独りよがりのようで、…何だか淋しいです…。
沢山、好きって表現してくれる人と一緒に居て…それに慣れていました。それはとても幸せな事だったんだって……知ってしまっていると…私は欲張りですね」
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