He makes a big mistake.
He makes a big mistake


そわそわと彼が落ち着きなく座っていた。
私はその近くで、洗濯物を漁っている。今日履くための靴下を探しているのだ。

彼の隣で、ケンジ君が彼を小突く。
彼は、わかってる、と頷きながらもまだそわそわとしている。

私は彼からの視線を感じながら、靴下を伸ばす。足にかけようとしたところで、彼が言った。

好きなんだ、ずっと前から。

私はゆっくりと顔を上げた。
先程からずっと、心臓は激しく脈打っていた。
その言葉を、待っていた。

それは、私と、あなたが付き合うってこと?

白々しく、彼に問いかける。
ケンジ君は、私の心中なんかお見通しで、苦笑しているのが見える。
彼は、大きく頷いた。

そう、そういうこと。

私は余裕な顔を作りながら、言う。

じゃあ、よろしくね。

彼はいつものあの笑顔で笑って、立ち上がった。
風呂に入ってくる、そう言って、意気揚々と部屋を出た。

ケンジ君は、私を見て、少し声を出して笑った。
彼と私のことを祝福してくれているみたいだった。

ずっと君のことが好きだったみたいだよ。

君もそうだよね、とケンジ君は言った。
私が俯くと、ケンジ君は、やっぱりそうか、とまた笑った。

シアトルで、君をみたらしいんだ。

知っている。彼がシアトルで恋に落ちたこと。

ホテルのベランダに出て日の出を見つめる君は、この世のものとは思えなかったらしいよ。

知っている。彼がホテルのベランダに出ていたこと。

それから、演奏中に、君が最前列で観ているのを見つけたんだって。

知っている。彼が私を見つけてくれたこと。

よかったよ。あいつの恋が叶って。いつも貧乏くじばっかり引くやつだったから。

知っている。彼の運は最高に悪いということ。




ワゴンに乗って、どこかへ向かう。

運転手はケンジ君。
そして、助手席には彼がいて、バックシートには私が座る。

彼は私の方を振り返りながら、笑って話しかける。

途中のコンビニで買った風船を膨らませては萎ませて、空気が抜けるときの音を楽しんでいた。

私も風船に手を伸ばす。

掴んだと思ったら、手のひらに熱を感じた。
彼が照れ臭そうにこちらを見ていた。
ケンジ君は呆れ顔でハンドルを握る。
前と後ろ、窮屈に繋がれた手は、私を責める。

私は前シートの裏に顔を隠しながら俯いた。
なんでこんなことになってしまったんだろうと、
なんでこんなことを望んでしまったんだろうと、
ただ、それだけが胸を占めた。

シアトルなんて、いや、外国にさえ、私は行ったことがない。
まして、シアトルのホテルで日の出を眺めるなんて、そんなロマンチックなことが出来る性格ではない。

日の出が綺麗だ、と彼が写した写真を見て、それを載せたブログを見て、綺麗だな、と羨ましいな、と思っただけ。

はじめは純粋に嬉しかった。

ライブの最中に、最前列で彼に手を伸ばす私を、見てくれたこと。
後ろにいる人を差し置いて、私を見つめながら笑ってくれたこと。
帰るために駅に向かおうとしていた私に、声をかけてくれたこと。

違うんだ、と気付いたときには、もう遅かった。

ケンジ君と彼が話すのをたまたま聞いてしまった。

私は、彼が探しているあの子とは、違うんだ。

もう、離れられなかった。

彼の隣にいることを許されて、
彼は笑いかけてくれて、
彼の中から溢れ出す才能に、私は魅了されて、

私はあの子じゃないんだと、気付かれたらどうしようかと、ずっと思っていた。

私は弱かった。

そして、ずるかった。

自分からではなくて、彼に私を好きだと言わせた。

私は、彼に告白されたから付き合っているんだと、
いつか、本当に彼の想い人が現れても、堂々と彼の隣に居れるようにと、


胸がはちきれそうだった。

彼が笑いかけるたびに、私はしんでしまいたくなった。
自分の残酷さと、彼の優しさの歪なバランスに、私は目をつむった。



ワゴンは、どこかへ向かう。

彼はいつかきっと気付く。

自分がどんなに大きな間違いを犯していたか。

その日が出来るだけ遠いようにと、私は、願った。
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