私は、アナタ…になりたいです…。
キミになりたい。
お銚子から注がれた熱燗を、二人でコツン…とぶつけ合った。
『かごめ』の女将さんはそんな私達のことを見て、「初々しいわね…」とからかった。


「女将さん、程々にしといて下さいよ」


田所さんがそう言って女将さんにウインクする。女将さんは負けじとウインクを返しながら笑って言い返した。


「何のことかしら〜?」


「惚けやがって…」と店主の大将が呟いた。
本当の息子みたいに思われていると話した田所さんと二人の仲は、親子以上に親密な感じがしていた。

鼻歌を交じらせつつおでんを盛り付けていた女将さんが聞いてくる。


「彼女、名前を「さち」さんって言ったかしら」


「はい。「咲く」に「知る」と書いて「咲知」と読みます。母が花好きで、私の誕生日が近づく頃に必ず咲く花があることを知って付けたんです」


「その花っていうのは何?」


「キンモクセイです。母はいつも秋になると何処からか漂ってくるこの花の匂いに魅せられてた…って言ってました」


「へぇ〜…金木犀の香りに魅せられて…か。素敵なお母さんだね。愛されてるんだ。さっちゃんは」


会社の同僚や友人達と同じ様に名前を呼ばれ、戸惑いながら「はい…」と答えた。


「一人娘だから母は私に必要以上に甘いんです。特に食べ物に関しては自分が好き嫌いが激しいものだから少食にも目を瞑ってくれていて…。お陰で今、こんな低身長のままなんです」


ふふっ…と笑い、女将さんは更に聞き返す。


< 94 / 147 >

この作品をシェア

pagetop