気になるパラドクス
「美紅は甘えるのも下手だから、これから上手になっていこうな」

苦笑しながらティーカップを置かれて、何をいきなり言い始めるのかわからずに瞬きした。

「私が甘えるの?」

「うん……まぁ、ね」

黒埼さんは何かを思い出すような、どこか考えるような顔をして、ひと口サイズのサンドイッチを、小皿に取り分けて私の前に置く。

それから隣に座った。

「一之瀬に、すっげぇ文句言われた」

「え? 一之瀬さん?」

「昨日、せっかくオードブルとか用意してくれてたろ? 朝見たら、乾いて大惨事だった」

そう……だね。ワインもお互いひと口くらいしか飲まなかったし。
何か被せてたら、まだましだったかもしれないけど。

「それを下げてもらって、朝飯を頼んだら文句を言われてな」

「やだ。一之瀬さんが来たの?」

まさか寝室覗くような事はないと思うけど、かなり恥ずかしいよ、それ。

「まさか。ちゃんと別の人が運んできたけど」

何だろう。黒埼さんにしては、珍しく妙に遠回しじゃない?

不思議に思いながら、ミルクティーを飲む。

「朝食受けとる時、ちょっとだけ離れて……まぁ、美紅が起きてるか様子を見に戻ったわけなんだけど」

「うん?」

「無意識なんだろうけど、抱きついてきて“どうして置いていくの”って言われた瞬間……俺、不覚にも倒れるかと思ったわけで……」

ちょっとだけ困ったような、嬉しいような……黒埼さんの表情を見ながら、あんぐりと口を開けた。

そ、そんなこと覚えてないから!

知らない知らない知らない!

「美紅……口からお茶こぼれてる」

冷静に言われて、口から流れ出たミルクティーを手で拭った。

それからじろっと黒埼さんを見る。

「夢うつつの世迷い言はノーカウントよ」

「いやー……案外、本質なんじゃねえの?」

本質? それが私の本質だと言いたいわけ?

まさかでしょ。そんなとんでもない甘ったるい言葉が、私の口から飛び出すとでも?
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