気になるパラドクス
いつものように、振り返らずにそのまま顔を上げると、楽しそうな黒埼さんが見下ろしていた。

……今回は、私以外の皆は気づいていたよねー?

「神出鬼没って言われるよ」

「勝手気ままが信条なんで」

……覚えておこう。

いつものようにスルスル三つ編みをほどかれて、器用にお団子にまとめられる。

「今日は大掃除なんだろ? 聞いた」

「聞いたからって、用もなく来る人はいないでしょう」

さて、だれがそんな話を黒埼さんに流すのか……。
ちらっと磯村くんを見ると、彼はわざとらしく時計に視線を向け、そして、目映いばかりの笑顔を振り撒いてコートを手に取った。

「僕は世間話のついでに、今日は大掃除で、就業も短いって話をしただけですよ。じゃあ、後はよろしく」

さっさと部署を出て行く彼を見送って、いつか嫁と仲良くなって、あの子をからかってやると堅く決心した。

「大掃除なら手伝うぞ?」

うきうきとして、やる気を見せている黒埼さんを振り返る。

腕捲りされたパーカーに、いつも通りのジーンズとスニーカー。
なおかつ笑顔の彼に、額を押さえながら溜め息をついた。

「あのね。あなたに関係ない部類の書類もあるんだから、手伝われても困るの。おとなしく休憩室にいてください。私は課長を探しに行くから」

磯村くんから預かった書類をクリアファイルに入れて立ち上がる。

「じゃ、ついていくかな」

わー……ついてこられても困るー。

そう思ったけど、何を言っても無駄だろう。

部下たちに笑いながら見送られ、廊下を歩きながら苦笑する。

ある日出会った森のクマさん。
彼は『逃げなさい』とは言わなかったけど、ただただ派手に賑やかに追って来た。

……別に私は白い貝殻のイアリングなんて落としてはいないけど、立ち止まったのは確かよね。

そう思いながら、小さく笑った。

「この先、大変そうだなぁ」

「俺は楽しいと思ってる」

そんな風に言い合いながら。









2015年11月29日
完結
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