気になるパラドクス
黒埼さんをズルズル引き剥がしてくれた磯村くんが、ちょっと困ったように私を見た。

まぁ、磯村くん。私は別に初めてってわけでもないし、心配するほどの事じゃないのよ。

心配するほどの事じゃないけどね。

きゅっとペットボトルのギャップをしめて、黒埼さんを眺める。

じっと眺めていたら、微かに視線が泳いでいった。

それを見てから、袖机の引き出しの鍵を締め、それから立ち上がると、無言でデスクに乗っかっていた子羊さん人形をひとつひとつ黒埼さんに手渡す。

「いらないのか?」

黒埼さんが訝しむように眉をひそめるけど、それをスルーして磯村くんにフロアの鍵を差し出した。

「……磯村くん。後はお願いしてもいいかな?」

「……了解しました」

「それからごめん。私は“無いもの”として今後扱うから。よろしく」

「まぁ……自業自得と伝えておきます」

うんうん。さすが物わかりのよい後輩を持つとラッキーだよね。

「一応、ご馳走さまと伝えておいて」

「了解でーす」

ポカンとしている黒埼さんが視界の端に映ったけど、また、スルーしてフロアを出た。

誰もいないエレベーターに乗り、ロッカールームにつくと、照明をつけて誰もいない室内を見渡す。

見渡して、しゃがみ込んだ。

……私は、もしかして隙だらけなのかな。

なんで、いきなりほぼ初対面に近い人に、キスされるんだろう。

驚いた……と、言うか。

私って。そんなにキスしやすそうだったのかな。

なんだか落ち込む。









< 15 / 133 >

この作品をシェア

pagetop