空蝉
「へぇ。昔は自分のこと嫌いだし気持ち悪いとか言ってたくせに?」

「今も別に自分を好きになったわけじゃないよ。モデルの仕事だってやっぱり苦手なのは変わらないし」

「………」

「でも、俺はまわりに恵まれてるっていう自覚はあるし、どんな形であれ、そういう人たちに恩返しはしたいと思ってる。まぁ、先のことはわかんないけどさ」


翔は目を丸くして、「まさかヨシキの口から『恩返し』なんて単語が出てくるとは」と、失礼千万なことを言ったが、聞き流しておいた。



「そうだ。翔も遊びに来るといいよ。カノジョも連れて、旅行がてら。俺、色々案内するよ」

「んー。まぁ、春になったら、そういうのもいいかもな」

「じゃあ、決定だ。楽しみにしとくよ。それまでに愛想尽かされないように頑張ってね」


翔は「一言多いんだよ」と、口元を引き攣らせていた。

ヨシキは笑う。



「ねぇ、翔」

「んー?」

「俺もいつか、新しい誰かを好きになってもいいのかな」

「いいんじゃねぇの? 人は思い出だけじゃ生きられねぇんだし」

「ふふ。何かの歌詞みたいだね」

「何? 気になってるやつでもいんの?」

「どうかなぁ。わかんないや」

「まぁ、好きなやつなんていなくたって、死にやしねぇしな」


大あくびで煙草を消した翔は、床に寝転がり、「俺もうギブ」と目を閉じた。

ヨシキはまた笑い、「おやすみ」と返す。


眠る3人を眺めながら、ヨシキは穏やかな幸福に包まれた。


この先、誰かを好きになるかどうかはわからないし、セックスができるかさえわからないが、でも、それよりずっと大切なものを再発見できたから。

だから、これからは、この誇らしい仲間たちに恥じない生き方をしていこうと思う。



ヨシキは翔に毛布を掛けてやり、テーブルの上を片付けて、静かに部屋を出た。



始発で向こうに戻る。

自分を見つめ直し、闘って、強くなるために。

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