十八歳の花嫁

第6話 契約

第6話 契約





「なるほど、愛実の分はすでに母親からサインをもらっているわけですね」


細かい契約書に署名をしながら、藤臣は呆れた声を出した。

娘を人身御供に差し出し、彼女の母親は成城の家屋敷と数年は遊んで暮らせる金を手に入れたのだ。
それも、当の愛実には不利な条件ばかりで。
彼女から離婚は言い出せず、事情はどうあれ離婚の際には一円の慰謝料も手に入らない。子供の親権も放棄するなど、愛実であれば承諾するとは思えない条件。

おまけに、弥生は自分の面目を保つため、『旧伯爵家令嬢』という肩書きを最大限利用するつもりだ。
マスコミにはカビの生えた初恋話を提供し、三流メロドラマよろしく、彼女に白羽の矢を立てたことになっている。

だが、気になるのは愛実に向けられたこの一文だ。


――万一、婚約者に変更があっても、西園寺愛実は契約書どおりの義務を負うものとする。


これでは、仮に藤臣との婚約が流れても、愛実は美馬家の誰かと結婚しなければならなくなる。

不履行となると、家屋敷を返還するだけでは済まず、莫大な慰謝料という借金を背負うことになるのだ。

家族思いの愛実のこと。
そうなれば、たとえ信一郎であっても我慢して嫁ぐかもしれない。

もし、藤臣に何かあれば……。


(クソッ! 死んでも死に切れんな)


「莫大な資産が絡むのだから、当然のことでしょう? あなたのことは、夫の罪の子として広く知れ渡っています。わたくしが終生心に残していた男性の孫娘を妻にすることで、あなたを認めようと言うのは、対外的にも妥当なところでしょう」


一志の生前でも、藤臣が強制認知を求めればそれは可能だった。
だが引き替えに、無一文で放り出されたのでは意味がない。弥生は、一志の死後認知が法的に有効で取り消せないと知ったとき、藤臣に交換条件を出したのだ。

周知の事実であったとしても、藤臣が一志の息子であることは公言しない、と。

弥生にとって大事なものは、美馬の名前と彼女自身の体面を保つこと、それだけだった。

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