十八歳の花嫁

藤臣とは顔を合わせないまま、東部デパートを後にした愛実が向かったのは田園調布の美馬邸――。

たったひとり、呼ばれてもいないのに美馬邸の門をくぐったのは初めての経験だ。
そしておそらく最後になる、と愛実は心に思っていた。

藤臣の『愛している』を信じたかった。
いや、嘘ではなかったと、今も信じている。

でも、ここ数日の彼を見ていればわかる。
あれほどまでに藤臣を苦しめているのは愛実なのだ。

愛実との様々な条件が課せられた結婚は、藤臣に多大な負担をかけている。


一度すべてをリセットしたい。


財産も義務も、何もないところから始めて、それでも藤臣が愛実を選んでくれたなら……。
彼の過去に何があっても、例え子供がいたとしても、自分も藤臣の愛に応えよう。


――愛実はそう心に決め、弥生のもとを訪れた。



「成城の家は出ます。精算していただいた両親の負債も、将来、姉弟で働いて必ず返します。ですから、わたしを相続人から外してください。元々、このお屋敷は藤臣さんのものになる確率が高かったと聞きました。でも、そうなって欲しくないという、おばあ様のお気持ちも……」


ガチャンと大きな音がしてティーカップが割れた。

弥生が持ち上げたカップを大理石のテーブルに落としたためである。“アラビアンナイト”が描かれたマイセンのカップは、見事にふたつに割れていた。


「あら、失礼。わたくしは構いませんよ。でも、契約不履行となれば……これまでお渡しした分の倍返しとなるのだけれどよろしいかしら?」


その金額は愛実の予想を遥かに上回り、途方もない金額だった。

しかも西園寺の親戚だけでなく、母方の親戚たちも保証人として名を連ねているという。
彼らは美馬と通じることで多大な恩恵を蒙ることになった。だがそれは、かなりのリスクを伴うもので……愛実の心ひとつにかかっていたのだ。

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