十八歳の花嫁

第2話 売春

第2話 売春





今日で三日目――愛実に迷う時間など残されてはいない。生活のために何もかも売り払った。最早、彼女自身の身体しか残されてはいないのだ。


西園寺家は旧華族の家柄である。
曽祖父の代から不動産も株もろくな運用はできず……結果、絵画などの美術品や先祖伝来の品、はては調度品まで売って食いつないできた。典型的な没落貴族といえよう。

しかし、それも父の代で底を尽く。父は土地家屋を抵当に入れて事業を始めたが……それも失敗。いよいよ家を追われようか、というときに倒れて、あっという間に還らぬ人となった。
それが今から二年前、愛実が高校に入ってすぐのことだ。

残されたのは認知症を患いかけた祖母と、働くことなど知らないお姫様育ちの母、三歳下の弟、五歳下の妹、十一歳下の弟だった。

それでも何とか父の保険と遺族年金、そして愛実のバイト代で生活してきた。もちろん、生活費を切り詰め遣り繰りしてきたのは愛実である。

来春には弟、尚樹(なおき)が中学を卒業する。しかし、高校の入学金すら用意できそうもない状況なのだ。男の子の尚樹には大学まで……最低でも高校には行かせてやりたい。こんなことなら、父が亡くなってすぐ高校を辞め、就職すればよかった。愛実の胸は後悔でいっぱいだ。

だが今はそれどころではない。

母が町の金融業者……いわゆる闇金に借金をしていたことが発覚したのである。しかも、父の遺族年金の証書を担保にしていた。金利は途方もない。なのに、母は父の保険金が永遠のように思っている。

『愛実さん、支払っておいてね』

丸っきり悪びれることなく言われ、愛実は返す言葉も出て来ない。
母が借りたという二十万円は、利息を含めてわずか一ヶ月で四十万円になっていた。

母の実家は、地方の田舎町で広大な敷地を所有する地主だ。両親は既になく、母の兄夫婦が跡を継いでいる。しかし、これほどの窮地でも頼るわけにはいかない。なぜなら、亡き父が一千万円以上の借金をしており、返済も滞ったままだ。

母の辞書に“節約”や“貧乏”などと言う言葉はない。

愛実はいっそ何もかも放り投げ、逃げ出したい衝動に駆られる。だがそれは、中三の弟にすべてを背負わせることになってしまう。

高校生の愛実ですら立ち尽くすほどの状況に、中学生の弟や妹を置いてはいけない。ましてや愛実がいなくなれば、小学校に上がったばかりの弟、慎也(しんや)はどうすればいいのだろう。


新宿駅の北口に立ちつくしていると、愛実は何人かの男性に声をかけられた。二十代半ばのサラリーマン風の男性から、五十代くらいの中年男性にまで……。彼らは皆、そっと近寄ってきて、「いくら?」と訊ねた。

愛実は慌てて、

『友達を待ってるんです!』

そう答えては男性から飛び退く……それの繰り返しだ。


(いい加減、覚悟を決めなきゃ。このまま帰っても借金取りが待ってるんだから)


次に声をかけられたら付いて行こう。そう、愛実が覚悟を決めた瞬間、背後に足音が聞こえた。


「君は、いくらで買えるんだ?」


振り向いた彼女の目に映ったのは、三十代くらいのビジネスマン風の男性だった。

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