十八歳の花嫁

絵画を見て廻ったり、演奏会を聴きに行ったり、素晴らしい景色の場所を旅したりするのが大好きな祖父だった。
子供心には楽しい祖父だったが、今になって思えばひと回り以上も歳の離れた祖母は大変だったのではなかろうか?
数百万円はしたはずのティーセットを処分したのも、そんな事情があったのかもしれない。


「あの……美馬さ……いえ、東武デパートの美馬社長さんに、とても親切にしていただきました。それと、祖父の事と何か関係があるんでしょうか?」


美馬から聞かされたことを惚けるつもりはなかった。
ただ、半分以上信じられない思いが強かっただけだ。弥生本人の口から聞きたい。そう思って尋ねたのである。

そして弥生の語った内容は、美馬の言葉よりはるかに突飛で、到底信じられるものではなかった。


「わたくしも、いつ死んでもおかしくない歳になりました。先月夫が亡くなり、色々相続の問題が持ち上がって……わたくしはこの家を、亘さんとわたくしの孫に継いで欲しいと思ったの。今はもう二十一世紀、身分がどうこういう時代ではありませんからね。ですけれど、わたくしの男の孫は藤臣さんを入れて四人おります。わたくしが選べば不公平も生じて、家族内で裁判沙汰なんて、恥もいいところでしょう? それで、愛実さん、あなたに決めていただこうと思いましたの」


なんと美馬弥生は、自分の相続人に愛実を指名したのだ。
但し、弥生の四人の孫と愛実が結婚すれば、という条件つきである。


「待って、ちょっと待ってください! そんな……どんな条件でも、わたしが相続する筋合いの物じゃありません!」


愛実は血相を変えて断る。
だが、弥生は予想していたのか、落ち着いたものだった。


「まあ、そう慌てて答えを出す必要はないでしょう? 弁護士の長倉からも報告を受けております。今の西園寺家は相当お困りのご様子。あら……ごめんなさい。旧華族のプライドを傷つけるつもりはありませんの。でも、あなたがこの年寄りの我がままに付き合ってくださるなら……わたくしも援助は惜しみませんよ」


借金のことや困窮した生活を知られていることに、愛実は唇を噛み締めた。
しかも、それを察した援助の申し出である。


「そんな、とんでもないことです。結婚の約束を叶えることができなかった祖父と西園寺の家を恨むならともかく、ご親切にしていただく理由がありません。お気遣いだけありがたく……」

「ただ、ひとつお願いがありますのよ。藤臣さんと親しくなさっているようだけれど……できれば、彼を選ぶことは避けていただきたいの」


その言葉の意外さに、愛実は気持ちは“お断り”から“疑問”に移った。

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