優しい胸に抱かれて

席に戻ったのはいいが、何から始めたらいいのかさっぱりだった。いきなり見積書を作れと言われても、どうしていいものか。

図面では分かり難い、全体のイメージを表現した立体的な透視図を、完成予想図として用いるものをパース図というのだけれど。

パース図なんてものを見ても、もちろん分からない。

クライアントとのヒヤリングを元にパース図をいくつも描いて具体化し、綿密にプランニングをするのは係長や主任たちで、見積書を作り契約が成立したら発注を掛ける。

そこから現場では施工班が図面通りに仕上げていき、クライアントからの要望やクレームがあれば納得いくまでやり直す。

『苦虫を噛み潰したみたいに、なんちゅう顔してんだよ?』

『島野係長…』

前川さんに呼び出されたこと、1週間でやれと要求されたことなど経緯を聞いてもらう。私に基礎をみっちり叩き込んだ島野さんは、褒めながら貶す。

『へえ、良かったな。これで一歩前進だ。あの人は期待してない奴にはやらせないから、お前みたいな鈍感な奴でも期待されてるって事だ』

『それって、なんだか嬉しいような、嬉しくないような…』

『本村様邸? 個人宅を改装してカフェのオープンか、自宅兼カフェってことか。さっさと契約まで持って行かないと申請に時間掛かるぞ。分からないことは工藤に聞けばいいぞ。何せ、あいつ1人の初の案件だから』

島野さんは広げたファイルの設計者名の横に指を置いた。そう言われて目を見開きその名前を見つめる。

『え…? 全部1人で、これを…。初めての案件…?』
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