優しい胸に抱かれて
 どんな思いで毎回グレープフルーツサワーを飲む私を見ていたのだろう。今の私みたいに、やり切れない思いだったのだろうか。どんなに傷ついただろうか。

「日下さん…、す」

「謝るな」

 出掛かった「すみません」の言葉を飲み込む。日下さんの閉じた瞳がゆっくりと開く。

「別に謝って欲しいわけじゃねぇよ。たまに俺もグレープフルーツサワー飲むし、好きなもん飲めばいいじゃねぇかよ。遠慮されんの気持ち悪ぃ」

「だけどっ…、嫌な思いしてたんですよね?」

「誰にだってあるんじゃねぇか、忘れられないことくらい。お前の気持ちは分からなくもねぇ、俺だって、人並みだってこと。だから、謝るな。その代わり俺も謝らなねぇからな。お前、俺が言ったことずっと気にして根に持ってたんだろ」

 いつも不機嫌そうだから恐いって誤解されるけれど、ほらね、ほんといい人。


「…本当に見えていなかったのは事実だから」

 見えていなかったから、何も気づけなかったのだ。


「お前がそんなんだから、罪悪感でいっぱいじゃねぇかよ。どうせお前には嫌われてんだ、嫌われついでに言うけどな、あれは八つ当たりだ」

「え…?」

 嫌ってなければ、八つ当たりとはどういうことかと、食い入るように視線を合わせる。

「あの前の日、その女が俺とやり直したいって連絡してきた。つくづく勝手な女だって嫌気がさして、人の不安感お構いなしで。お前のふざけた顔見てたらムカついただけだ」

「…日下さんこそ、やっぱり根に持ってたんじゃないですか。それに、私、日下さんのこと嫌ってないです」

「うるせぇよ…。休みだから余計なお喋りが過ぎたじゃねぇかよ」

 ぶっきらぼうに呟いて、日下さんはおにぎりの最後のひとかけらを口に放り込むと、お味噌汁を飲み干し「捨てといてくれ」持った手を軽く上げぽんと置いた。

「はい…」

 空になったカップとおにぎりの包みを受け取る。

「それも、ゴミだ」

 顎をしゃくり示された場所は、がむしゃらに働いていた2年分の痕跡が、ごっそり詰め込まれた引き出し。
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