優しい胸に抱かれて

□おめでとう

　土曜日の夜、書いた退職届はペンを持つ手が震えて歪んだ。そして、島野さんへ電話を掛けた。仕事の時間以外に掛けるのは初めてで声が裏返る。

「待たせ過ぎだぞ。待つ方の身にもなれ」

「へへ…」

　照れ臭いような笑い声を出す。電話だと表情が見えない分、本当に笑う必要がなくて、もっと早く島野さんへ電話して、もっとたくさん話をしていればよかったな、なんて気づくのが遅かった。


　電話越しでテレビの音と子供のはしゃぐ声が漏れてくる。島野さんは家にいるらしかった。

「俺が電話してこいって言ったのは、何も仕事のことだけじゃない。プライベートのことだろうが、恋愛のことだろうが、くだらないことでも話せば少しはすっきりするだろ？　俺らは家族でもなければ友達でもない。仕事だけの関係ってのもちょっと違う。そうだな…、ライレンジャーみたいなもんだな」

「…ライ、レンジャー？」

　そもそもライレンジャーは戦隊ヒーローじゃなかったけ。それにライレンジャーの役割がわからない。要するに仲間ってことなのだろうか。分かり難い表現に眉が歪み言葉を詰まらせた。


「助け合って、手を借りながら、アイデア出し合い、信頼し合って、上司に支えられながら、騒がしく。言葉足らずで不器用で、それが俺らだ。さしずめ、店舗レンジャーってとこだな。いつだってクライアントにとってのヒーローでありたいよな」

「店舗レンジャー？」

　今度はセンスがなさ過ぎて、ぷっと吹き出すと、電話の向こうで「てめえ、馬鹿にしたな？」って、怒ったような口調ででも柔らかい声を出す。

「俺が子供の頃の夢は、スーパーマンになることだったなあ…。黄色い服はよく着てたっけ」

　いい年した男の人に、子供の頃の夢がスーパーマンとカミングアウトされでもしたら多分、聞かなかったことにするか、おかしな子供だったんだと胸の中にしまうだろう。

　それが島野さんならば、なんだか説得力があるのだから不思議。だから、いつも何かと戦っているんだこの人は。