優しい胸に抱かれて
 設計やデザインの仕上がりは丁寧で早いのに、とにかく色のセンスが悪い島野さんは、ヒヤリングではシックな感じでとアバウトな情報を元に、イメージが違うと壁紙の色で今週ずっと悩んでいる。

 イメージも何も、色が決まらないのに何に対してのイメージが違うのかさっぱりわからない。

 前日あんまりにも唸っているから、いくつかパターン持ち込めばいいのでは、と口を挟めば「そんな恥ずかしい真似できるか」と、何と戦っているかわからないうちの課長代理兼デザイナーがそう啖呵を切ったから、放っておいたらこれだ。

 土壇場になっても尚唸っている。


「出向先では色彩感覚は問われなかったんですね。それに、島野さんは夏休みの宿題、ギリギリになって焦る子供だったんじゃないですか?」

「てめえはちょっと留守にしていた間にずいぶん生意気になったな。悪かったな、ギリギリ一夜漬けで。受験も試験も一夜漬けだ、何が悪い」

「だから、なかなか一級受からなかったんですか?」

「何だ、嫌味か?」

「いえ、嫌味のつもりはないんですけど。ふと、そう思っただけで…」

「尚更だ。お前のは質が悪いんだよ、鈍感のくせに。誰だよこいつを教育したのは」

 眼鏡と前髪の隙間から睨まれ、口をへの字にする。嫌味じゃないと言っているのに、この言われようはひどいと思う。

「島野さんじゃないですか」

「だから、ムカつくんだよ」


 うちの一級建築士は、建築士が足りない余所の建築事務所や建築会社からの要請で、3年間の出向という名前の修行がある。そのまま引き抜かれたり、3年が長引いたり様々だが、なるべく20代でそれをクリアする形を取っている。

 なんでも、若いと吸収が早く、頭が柔軟だから。だとか。


 去年の春、出向から戻ってきた島野さんは、色々なことを吸収してきたようで、口の悪さと態度の悪さが際だっていた。更に厳しさにも拍車がかかっていた。4月から二課の課長になるから、これでも機嫌がいい方。

 ちなみに33歳、既婚。こう見えて一児のパパだ。
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