優しい胸に抱かれて
「なあ、って…。島野さんそれどころじゃないですよ、自分の部下でしょ」

「手の掛かる部下ばっかだな…。部長がよく言う不器用ってこういうことだな」


「訴えたきゃ訴えろよ。俺も営業妨害で訴えてやるから。どうせ、お前も俺のこと馬鹿にしてんだろ?」

「まさか、馬鹿にしたことなんて一度だってないですよ。施工で尊敬できる人、佐々木さん以外に思いつかないですけどね」

「お前のその余裕そうな態度、ムカつく…」

「当然でしょ? 受け持ってる現場がない俺には、関係ないんで」

 挑発でも仕掛けるかのように、にやっと口元に意地の悪い笑みを作る。


 佐々木さんはムカつくと言ったけれど、わからなくもないと思ってしまう。


「だったら引っ込んでろよ」

「でも、それ以上は訴えられますって。佐々木さんの為に言ってるんですよ?」

「だからっ、訴え…。もう知るかっ、お前ら建築士には付き合ってられん。現場がスケジュール通りに事が運ばなかろうが、滞ろうが、契約違反だって訴えられようが、どうにでもなれよ。やってられるかよ」

 大きな声を出した佐々木さんは捕まれた腕を振り払い、日下さんのワイシャツの襟元を離す。彼に向かってギロリと釘を刺すかのような目を向ける。


「お前、ほんと覚えとけよ」

「何を…?」

 わざとらしく首を傾けて、小さく笑っている。一方、日下さんはぐしゃぐしゃになった襟元を正すわけでもなく、ズボンのポケットに両手を突っ込んで不愉快そうに眉と眉の間に陰をつける。


 殺気立った空気を絡めたまま、この場から去っていく佐々木さんの後ろ姿に、声を掛けた平っちと私の声が被る。

「…佐々木さんっ?」

 聞こえているはずなのに振り返りもせず、歩くスピードを速めどんどん遠くなる。 

 背面から届いた島野さんの声に私と平っちは顔を見合わせ、眉を寄せ互いに同じような表情を見せた。

「血気盛んだな…。献血でもするか? それとも健康診断か」

「そういう問題じゃ…。追いかけなくていいんですか?」

「追いかけたってまたふっかけられるだけだ、放っておくしかない」

「だけどっ…」

「幾つになっても熱くなれるもんがあるってのはいいことだろ。仲良しごっこしてんじゃないんだ、これだけ性格や考え方が違う人間の集まりだ。ちょっとやそっとの衝突くらいあったって不思議じゃない。抵抗しようと思えば、佐々木1人くらいなら突き飛ばせただろうに」
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